第49話 発見される釣り書き




 これは、セシリアが大聖堂の宿舎を出るために部屋の荷物をまとめ、それをヴィクターが手伝っていた時の話だ。


「……あれ、これは……?」


 棚の片隅に無造作に置かれていた、にヴィクターが気づいた。

 そうして、ヴィクターの言葉に気付いてそれを目にしたセシリアが、すっかり忘れていたそのモノを放置していたことを思い出した。


「あっ……、それは……!」


 なんでもないです、わたくしが始末するので――、とセシリアがヴィクターに向かって近づきかけたところで、何もないところで蹴躓つまづき手をついた拍子に棚の上にあるものをバサバサと床に落とした。


「きゃっ……」

「危ない!」


 セシリア自身は咄嗟とっさにヴィクターが受け止めてことなきを得たが、肝心のものは全て床にばら撒かれてしまった。

 ――それが何であるか、ということが、一目でわかる状態で。


「…………釣り書き?」


 ヴィクターが、床に落ちたものを一瞥いちべつし、ぽつりとつぶやく。

 つぶやいて――、そうして、セシリアを見る。


「あ、あの……。これはその、父から送られてきたもので、でももう必要ないので」

「…………なるほど」


 ヴィクターが、何のためなのか――ひとつひとつ手にとってはぱたんと畳み、釣り書きの山を重ねていく。


「セシリア様は私のことを差し置いて――、この中から結婚相手を探そうと思った時期がある、と」

「違うんです……! 父からとりあえず、見るだけでも見て見なさいと言われて」

「でも、好きな人がいるから必要ないですって断りはしなかったんですよね?」

「だ……、だってあの時はまだ……」


 ヴィクターとの関係も、今みたいに明瞭ではなかったから。

 

「わたくしの、ものぐさがたたって、ちゃんと処分しておかなかったことは謝ります。でも誓って、わたくしは……、ヴィクター様一筋ですから……」


 後半にいくにつれて、恥じらうように顔を赤らめるセシリアを見て。

 ヴィクターは、なんとなくそんなことだろうなと思っていたが、思いのほか可愛らしいセシリアを見られたことに溜飲を下げる。


「じゃあ、証拠を見せてもらえますか?」

「……え?」


 ヴィクターの言葉に、セシリアは何を言われているのか一瞬理解ができず戸惑いの声を上げる。


「今は私一筋だと言うなら、そうだという証拠を見せてください」

 

 ――証拠。


 そう言われてセシリアは、何をすれば証拠となるのかとぐるりと頭を巡らせる。


 ――いや。きっと何でもいいのだ。

 

 ヴィクターとの普段のやりとりも増えてきたセシリアとしては、こういう時のヴィクターは本当に怒っているのではなく、セシリアの反応を見て楽しんでいるのだということを薄々うすうす察するようになってきた。


 いつもは優しいヴィクターだが、時々何かのスイッチが入ると少しセシリアに意地悪な態度をとってくることがある。

 それを――、どこぞの世界ではSっ気と言うのだが。

 それはさておき。


 ヴィクターから、『ヴィクター一筋という証拠』を求められたセシリアは。

 考えあぐねた結果、覚悟を決めてひとつの行動を起こした。


「…………」


 じっとヴィクターの目を見つめて、自分から求めるようにヴィクターの胸の中に抱きついていく。

 そうして、ヴィクターの耳元に口を寄せ、そっと囁いた。


「……わたくし、ヴィクター様のことが一番だいすき、です……」


 ――と。


 きっと、優しいヴィクターならこれで許してくれるだろう。

 そう、打算もあってのセシリアの行動だった。

 恥ずかしかったけれど。

 恥ずかしかったけどそこを押して頑張るというのは、きっとヴィクターも嫌じゃない、はずだ。


 そう思っていたのに――。


「――それで、終わりですか?」


 ヴィクターのSっ気は、どうやらそこで勘弁する気はないようだった。


「えっ……」

「セシリア様が他の男をあさろうとした事実に傷ついている私に、セシリア様はその言葉だけで終わりなんですね……」


 やや芝居じみた様子でそう言ってくるヴィクターに、セシリアは揶揄からかわれているとわかって、そこで流石に抗議の声を上げた。


「ヴィクター様……! 揶揄からかってますよね……!」

「ええまあ、揶揄からかってますね」


 対するヴィクターはニコニコと動じずにセシリアから追求された事実を認める。


「でもそれとは別に、もう少しセシリア様の頑張りを見たいというのも、本音ですね」


 そう言って、ヴィクターは己の頬をちょいちょいと人差し指で指差す。

 ――要するに、頬にキスしろと言っているのだ。


「……う」


 ヴィクターに抱きついたままの状態のために、彼の顔は目の前にある。

 もう少し伸ばせばすぐ唇が届くその距離に、セシリアは恥ずかしさにためらいを見せた。


 ――が。


「…………」


 恥じらう表情はそのままに。

 セシリアは素直にヴィクターの頬に口づけをした。


「……わたくしはヴィクター様のことしか好きじゃありませんわ……」


 そうして。

 そう言って恥じらうセシリアに盛大に愛しさを覚えたヴィクターは、セシリアを思いっきり抱きしめ、自分がされた分以上に顔中にキスをして返した。


 最終的に、「恋人同士になったのだから、もう様付けでなくてもいいですよね?」と言ってセシリアを呼び捨てし出し、甘い声でなんども耳元で「……セシリア」と言い。


 照れるセシリアを見て「じゃあ慣れるまでしばらくこのまま耳元で呼び続けましょうか」となかなか離そうとしないヴィクターに、セシリアはしばらく、ときめきで死にそうになり。


 一向に部屋は片付かないまま、二人は仲良くいちゃいちゃを続けるのであった。

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