第50話 そして、末長く



 ちょうど、セシリアの引っ越しと入れ替わるようにして、ミーナが大聖堂の宿舎へと移り住むこととなった。


 かつてのセシリアと同じように、見習い聖女のための相部屋。

 そこで彼女がうまくやっていけるよう祈りながら、セシリアとヴィクターはまるで娘を持つの親のような気持ちで、巣立っていくミーナを見送った。



 ミーナを挟んでいたために成り立っていた生活は、最初のうちはそれこそやはりお互いに緊張した。

 セシリアもヴィクターも、恋人同士になりたての二人が一つ同じ屋根の下に住むのだ。

 そりゃあ、期待やら緊張やら何やらで、互いが互いを意識するのは当然だろう。


 しかし――。



 ◇



「……ただいま、帰りました……」

「お帰りなさい、セシリア」


 よろよろと疲労困憊の様子のセシリアが帰宅すると、力尽きるようにソファにぼふりと倒れ込む。


「すぐにごはんができますけど。少し休んでからにしますか?」

「……。はい……」


 ここ数日。

 クリスティーナから筆頭聖女の仕事を引き継ぎ始め、なおかつ自分の後に次席聖女となる後輩に自分の仕事の引き継ぎをするようになり、セシリアの仕事は連日残業続きだった。


 家に帰るまでが遠足――ではないが、家に辿り着くまでは毅然とし、一部の隙も見せないセシリアが、家に着いた途端溶けるようにソファに沈み込む。


 疲労が人の判断力を鈍らせる――というのはまあよくあることで。

 当初は緊張していたセシリアも、疲労が勝ってくるとだんだん緊張どころではなくなり。


 最近では、疲れ切ったセシリアは脳が甘えることを求めるのか、ヴィクターを捕まえて子供のようにくっつきたがる始末だった。

 晴れて婚約者となり、ベタベタしても許される大義名分を得たセシリアは、「ぬ……」とヴィクターに目を向けながら自分の座るソファをぺしぺしと叩き、ヴィクターにここに座るように目で訴える。


「ここに座るんですか?」


 うんうんと、ヴィクターの問いにセシリアが強く頷くと、ヴィクターがソファに腰掛けた瞬間、セシリアがヴィクターに抱きつくように押し倒した。


「せ、セシリア……」


 突然のセシリアの行動に慌てるヴィクターをよそに、セシリアはヴィクターの暖かさと匂いを堪能する。

 あったかくて、いい匂いがして。

 そしてさらにそれが、好きな人だという安心感と幸福感で、余計にセシリアに癒しを与える。


「ん……」


 ヴィクターを抱き枕がわりにして、もぞもぞと自分の落ち着くポジションを探しながら、セシリアは気持ちよさそうに吐息をつく。

 ヴィクターはそんな、素直に自分に甘えてくれるようになったセシリアが嬉しかったし、たまらなく愛しかった。


(柔らかいし、暖かいし、可愛い)


 いけない気持ちになりそうな自分を自制しつつも、このままだとこの体勢で本格的に寝に入ってしまいそうなセシリアの頭を軽く撫でる。


「眠ってしまっちゃダメですよ。ご飯はいいんですか?」

「ん〜……」


 イエスともノーともつかない返事で相槌を打つセシリアに苦笑したヴィクターは、ふとちょっとしたいたずら心を起こした。


「起きないなら――キスしますけど」


 セシリアのすぐ頭の上から強気でそうささやいたヴィクターに、セシリアはびくりと反応をしてみせた。


 それから、頭をゆっくりとこちらに向け「むう」と言いたげに唇を軽く尖らせたセシリアは、物言いたげにヴィクターを見つめてくる。

 最近のヴィクターは、セシリアがこうして甘えて駄々をこねだすと、「〇〇しないとキスしますよ」と言っていうことを聞かせるのが常套句だった。


 結局、セシリアが言う通りにしないと本当にキスをするし、言う通りにしてもキスをするので、いずれにしてもキスすることに変わりないのだが。言うことを聞いてくれない場合にはセシリアが「わかった」と言うまでキスし続けるので、ヴィクターにとってはどっちにしても美味しい脅し文句なのだ。

 そしてセシリアのもの言いたげな目線は。またその手を使うのかと抗議を含んだ眼差しで。

 

 そうして――、そんなセシリアさえも可愛い、と頭を沸かせていたヴィクターの身に起こったのは、さらに想像を超えた出来事だった。


 こちらに向かって体を伸ばしたセシリアが、そのままヴィクターの唇に自分のそれを押し当ててきたのだ。


 どっちにしても結局されるなら、自分からする――。

 そんな、セシリアの意趣返しだった。


 驚くヴィクターの目の前でしたり顔で離れていくセシリアの表情は、どこか色気に満ちて扇情的だった。


(やられた。そうきたか――)


 完膚なきまでに敗北を感じたヴィクターの胸元で、再びセシリアがもそりと収まりの良い場所を見つけて瞼を閉じる。

 まさか、自ら口づけをしてきてくれるとは予想もしていなかった。

 ヴィクターは驚きと喜びで紅潮した顔を両手で覆いながら、その指の隙間から胸元ですうすうと寝息を立てるセシリアを見た。


 愛しすぎてたまらない――、いまは、自分だけの聖女。


 彼女の、束の間の休息を守るために。

 しばらくはこのまま、黙って見守っていようと思う、ヴィクターなのであった。




 完






―――――――――――――――――――――

これにて完結となります!

ここまでお読みくださり、本当にありがとうございます!


癒し枠のヒロイン聖女とヒーローを書きたい、と始めた話でしたが

書いている私が一番楽しかったです!

気づけば50日くらいこの二人のことを書いており、

私にとっては二番目に長い作品になりました。


面白かったな、と思っていただけましたら

星などで評価をいただけますと嬉しいです。


最後にもう一度、ここまでお読みくださりありがとうございました!

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どうも。みなさま憧れの完璧聖女ですが、仕事以外ふわふわ女子であることが副団長様にバレてしまいました。 遠都衣(とお とい) @v_6

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