第47話 私と結婚してください

 ――好きです、愛してるんです。セシリア様――。


「……もう一度、キスしますけど。嫌だったら拒んでください。そうじゃなかったら――」


 そう言いながら再び近づいてきたヴィクターを、セシリアは何も言わずに受け入れた。

 ――それが、全ての答えだった。


 ヴィクターに求められるままに寝台に押し倒されたセシリアは、彼が自ら離れるまで口づけを受け続けた。


「……は」


 どれくらいの時間そうしていたのか。

 セシリアから少し離れたヴィクターが熱く息を吐くと、彼の両腕に閉じ込められたセシリアは、上気した顔をヴィクターから見られないよう横に背けた。


「――セシリア様?」


 自分の下で。

 顔が見られないように両腕で隠しながら顔を背けるセシリアに、どうしたのだろうとヴィクターが声をかける。


 嫌だった――のなら、拒んでと言った時にそうしたはずだ。

 それなら――?


「……なんで、顔を隠すんですか」

「…………」

「え?」


 なにかごにょごにょとセシリアが呟くが、よく聞き取れなかったヴィクターが聞き返すと、そのまま口元まで顔を寄せる。


「……だって、いま……、お化粧をしていないんですもの……」


 かすれた声で、微かに耳元にセシリアの熱い息が吹きかかり、それだけでヴィクターはまた気がおかしくなりそうだった。


(……もうなんだこれ。可愛いがすぎるんだが)


「……すっぴんだから、恥ずかしいんですか?」


 ヴィクターの問いに、セシリアが顔を隠しながらぶんぶんと首を縦にふる。


「……お風呂だって入ってないし……」

「別に臭くないですよ。確認してあげましょうか?」

「や……っ」


 そう言ってセシリアの首元に顔を埋め出したヴィクターを、セシリアは全力で拒んだ。


(や……っ、だって。可愛い)


 もはや、ヴィクターの脳内はもえのカーニバルだった。


「それで? セシリア様の返事はどうなんですか?」


 キスを拒まれなかった時点で答えは出たも同然だったが、さりとてこのまま明確にしないでおくのはセシリアの性格上明らかに悪手であるとわかっていたため、ヴィクターがセシリアに言質げんちを取りに行った。


「……どう……?」

「私がセシリア様に、愛してると言ったことです」


 セシリアに覆いかぶさりながらヴィクターがしれっと告げると、セシリアはそれを受けてまたぼっと顔を赤らめた。

 病み上がりで感情のコントロールが効かないのか、いつもだったらもっと精神的な自制を効かせられるはずのセシリアが、ヴィクターの言葉に反応良く赤面したりオロオロしたりする様がなんともいえず愛らしかった。


 しかしやがてセシリアは、恥じらうように背けた顔はそのままに、視線だけでヴィクターをチラリと見ると、少し体を起こして、みずからヴィクターの手を取りに行く。


 そうして手に取ったヴィクターの指の背に口づけをし、そのまま上目遣いにはすがしげにヴィクターを見上げたことが――、そのまま、言葉ではないセシリアの真っ直ぐな答えだった。


 その、セシリアのあまりのいじらしさと可愛らしさに、思わず一瞬このまま押し倒しそうになったヴィクターだったが。

 ここが、帝国の駐屯地の宿舎であることを思い出し、なんとかすんでのところで自制した自分を全力で褒めたい気持ちだった。


「あー……、セシリア様、ずるい」

「え、なにがですか?」


 がっくりと項垂れてそう言ったヴィクターに、セシリアが覗き込むようにしながら問い返す。


「可愛すぎです……。我慢するこっちの身にもなってください」

「えっ……?」


 我慢……というのは、先ほどのようなキスをすることを指しているのだろうか? と思ったセシリアは、ヴィクターが我慢しているのがその先の行為だということを知らない。


 ヴィクターは不安げな目で自分を見てくるセシリアに、猫を可愛がるように頭を撫でたり頬に触れたり、顎下をくすぐったりすると、気持ちよさそうにうっとりとした表情になるセシリアに、また愛しさが湧き上がった。


「セシリア様。私と――結婚してください」

「…………はい」


 こうして、次代の筆頭聖女と騎士団長の恋話は、めでたく終局を迎えることとなる。










――――――――――――――――――――

もう少しだけ続きます!

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