第3話 ヴィクター現る

(わたくしの下着――、それも下穿きショーツを。ヴィクター様が握りしめていらっしゃる――!)


 洗濯したばかりのものでよかった――。

 いや、そういう問題でもない。


「あの、すみません。そちら、わたくしのものでして、その……」


 返していただけませんでしょうか……と、か細い声でセシリアが懇願こんがんする中、意図せずに何気なく布地を広げたヴィクターが、自らが手にしていたものの正体に気づいて途端に顔を赤らめた。


「はっ……! 申し訳ありません……!」


 手にしていたものが下穿きショーツだと気付いたヴィクターが、思わずくしゃりとその一物イチモツを視界に入らないように手の中に握り込み、ずいっ、とセシリアに向かって差し出してくる。


「あ……、ありがとうございます……、あっ」


 そうして、ヴィクターの差し出した下穿きショーツを受け取ろうと歩み寄ったセシリアだったが。

 あろうことかその途中、足元にあった小石に気づかずに蹴躓けつまずき、こてりとこけた。


 下着姿の上に羽織っていた――、自らの身を隠す最後の砦。

 フード付きのローブを、空中に残したまま――。


「…………」

「…………あの、セシリア様。これは、一体……どういうことですか」


 慌てて後から地面に落ちてきたローブを拾い、あらわになった体を隠すように身に纏ったセシリアに、ヴィクターが動揺しながら詰め寄る。


「そ、その」

「まさか……! 暴漢に襲われた、などということ……!」


 ローブの下が下着のみという驚愕きょうがくの事態を目の当たりにしたヴィクターは、セシリアが暴漢にでも襲われてここに放置されてしまったのではないかと危惧きぐしたのだ。


 鬼気迫る表情でセシリアに迫るヴィクターに、セシリアは誤解を解かなければというただ一心で「いえ、あの、違うんです……!」と必死に言い募る。


「何が違うとおっしゃるんですか! こんな……! あられもない姿で、しかも……泣き腫らして……!?」


 そう言ってヴィクターがセシリアの肩を掴み、真偽を確かめようと迫った時だ。


「……このにおい。……無理やり、酒まで飲まされたのですか……!?」

「ち、ちが……」


(違うんですそうじゃないんです……! お酒を飲んだのはただのやけ酒で、泣き腫らしているのは単に失恋のせいで、あられもない姿なのはわたくしの惰性だせい故です――!)

 

 セシリアから漂う酒臭さをぎ取ったヴィクターが、その豊かな想像力を発揮し、彼女が無理やり酒を飲まされてかどわかされたのではないかとまで推察した。


「……なんという不届者……! 許さん。この世から存在を消さなくては」

 

 切羽詰まったセシリアが涙ぐんだのを誤解したヴィクターが、立ちのぼるような殺気をあげて腰の剣に手をやったのを見て、セシリアは慌ててそれを静止した。


「あの! ……違うんですそうではないのです……!」


 とりあえず、刃傷沙汰にするようなことではないので収めてください――と。

 セシリアが、剣に手をかけたヴィクターをとどめるように手を添えると、我に返ったヴィクターがセシリアに向き直った。


「……お話ししますから。すべて」


 そうして、天気の良い、午後の日の暮れ始めた川べりで。

 お恥ずかしい話ばかりですけれどご容赦ください――、と言って訥々とつとつと切り出したセシリアの話を、聞かされることとなったヴィクターなのだった。

 



 ◇




「つまりは――、お兄様のご結婚の傷心をまぎらわすためにお酒を飲み、気塞ぎで休日を費やそうとしたところにこうしてここまで洗濯をするためにやってきて、たまたま私と遭遇した――と」

「はい……」


 一連の説明をまとめて復唱するヴィクターに、セシリアが羞恥しゅうちで顔を赤らめながらうなづく。

 一部、都合よく話を改竄かいざんしているところもあるが、些細ささいな点だし、それについてはご愛嬌ということで流してほしい。


「なるほど……。マーヴェル家のリカルド様といえば、私も面識があります。とてもご立派な方で、ふところの深い方でした」


 あのような方でしたら、セシリア様が憧れをいだくのも無理ありませんね、とヴィクターが微笑む。


 ――いえ。憧れというレベルではなくむしろガチ恋だったのです――とは、口には出せないセシリアなのだったが。


「その……、わたくしも。頭では理解はしておりますし、兄を祝福したいという思いはあるのです。ただ今後、これから両家の顔合わせや婚約式、結婚式で顔を合わさねばならないと思うと……」


 内心で素直に祝福しきれない自分自身を情けなく思い、上手く笑えないのではないかと落ち込んでいたのです――とセシリアが儚げに笑った。


「ふむ……」

 

 セシリアの言葉に、ヴィクターが神妙な面持ちでうなづく。

 そうして、突然ヴィクターが『ぽむ』と手を打ち合わせると、名案を思いついたかのような明るい顔になって、セシリアにこう言った。


「それでは、こういうのはどうでしょう? お兄様のご結婚相手との婚約式や結婚式の際には、私にエスコートさせていただくというのは」

「………………え?」

「ひとりで参加するよりも、ふたりで参加した方が気もまぎれるというものではありませんか?」


 それに、ご一緒させていただけるのであれば。

 きっと、セシリア様が悲しい気持ちにならないよう、誠心誠意エスコートさせていただきます――と。


 にっこりにこにこと笑うヴィクターに面食らったセシリアは、咄嗟とっさに「え――――」という返事しか、返すことができなかったのであった。

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