第2話 セシリアと洗濯

 そうして、せっかく二日もあった連休を泣きくれて終わろうとしていた最終日に。


「ああ……」


 ――せめて、洗濯物だけでもなんとか片付けないと……。


 予想通りというか、予定通りというか。

 せっかくの連休をこうして涙と酒でくれてしまったセシリアだったが、ちゃんと最後の理性は残っていた。


 さすがに今日こそ洗濯しなければ。

 明日から着ていく服がない――。


 雑然と散らかったままの部屋の中、セシリアはころりと寝返りをうつ。


 なぜか、聖女ともあれば侍女のひとりやふたり当然ついているだろうと思われがちなのだが、この国の聖女にそんなものはなかった。

 聖女というのは、貴族令嬢とは違って職業婦人と近しい。

 また、『自らのことは自らで管理し律せよ』というウルド教の教えにより、基本的にこの国の神職者は、自分のことは自分でというのが基本だった。


 まれに、本当にあまりにも忙しすぎて手の回らない者がポケットマネーで使用人やメイドを雇うことはあるが、そんなのは上層の上層にいるごく限られた人間だけ。


 セシリアも、筆頭聖女まで行けたあかつきには使用人を雇ってもいいかなあとは思ってはいたが、現段階ではつつましやかにいた方が周囲からの印象も良いだろうし、その方が得策だという考えによって、自分のことは自分でなんとか頑張ろうとしていた。


「よっ……と」


 部屋が汚くても誰にも迷惑はかけないが、衣服が汚れていたりにおったりするのは迷惑をかける。


 連休最終日。

 ずっと塞ぎ込んでいてすっかり重たくなってしまった体を起こして、散乱した洗濯物をかき集めた。


 そうして、のそのそと出かける準備をして、ほぼ寝巻きにフード付きローブを被るといった格好で外に出る。


 ――こうやって、顔さえ隠しておけば。まさかこの中身がセシリア・マーヴェルだなんて誰も思うまい――。


 【みんなの憧れの聖女、セシリア・マーヴェル】を作るには身支度に結構手間がかかる。


 手間とは言っても、化粧をして髪を整えて、法衣に身を包み軽く香水をつけるくらいなのだが、休みの日にそこまでしたくはない。

 

 そのためにセシリアは、大聖堂の宿舎内にある洗濯場に行くのではなく、少し郊外に出た川縁で人気のない自分だけの洗濯スポットを見つけて、いつもそこで人目につかないよう洗濯を済ませていたのだった。



 ◇


 

「はあ……」


 太陽がまぶしい。

 人がどれだけ気をふさぎ、落ち込んでいても、陽は昇るし太陽は燦々さんさんと輝く。


 手早く洗濯を終え、なんなら着ていた寝巻きも脱いで洗濯し、日の光に当てて乾かしている間、ぼんやりとそんなことを思う。


 木陰で下着の上にローブだけを羽織り、背中を樹木にもたれかけながら、はたはたと風にはためく洗濯物をただぼおっと見つめた。


(わたくしが……、お兄様をお慕いしていますとまっすぐに伝えていたら、何かが変わっていたのかしら……)


 結局は口にすることのできなかったことなので、今更考えてもせん無いことだとはわかっているものの、ともするとついつい考えてしまう。


 だけど――。結局、そう考えたところで。


 マーヴェル家のことを考えると、それを口にしない方が良かったということは、深く考えずともわかることだった。


 マーヴェル家には、子供がリカルドとセシリアの二人しかいない。

 他に兄弟がいればよかったのだが、残念ながら養父母はリカルド以外子宝に恵まれなかった。


 ――貴族社会での婚姻は、政治とも直結する。


 セシリアとリカルドしか子供のいないマーヴェル家としては、従兄弟同士が想い合って結婚するよりも、それぞれ良家の子息子女を相手に結婚した方が、明らかに良い。


(本当にお互いに想い合っていると言えば、あの両親は反対することはしないでしょうけど……)


 じゃあ、自分からその口火を切るかと言われると、養女の自分がそれを踏み出すのはおこがましいと思ってしまうのがセシリアの性格であった。


 だから、お兄様がわたくしに妹以上の想いがなかった以上、考えてもせん無いことなのだ――、と。もう何度目かもわからないため息をつき。


 しばらくの間、そんなふうに物思いにふけりながらセシリアが洗濯物が乾くのを待っていた、その時のことだった。


「あっ……」


 ひらりと、乾かしていた洗濯物のうちの一枚――それも下穿きショーツが、風にあおられてどこへともなく飛ばされていくのを目にした。


(いけない、拾わないと……)


 こんな人気のないところ、誰かが通りがかるとは思わないが、さりとてそのまま置き捨てていくのもはばかられる。


 セシリアは飛ばされた下穿きショーツを追いかけるべく立ち上がると、よたよたと、おぼつかない足取りで飛ばされた方角へと向かって駆け出していった。



 ――そこに。


 たまたまその場を通りかかり、セシリアの落としたそのを、拾い上げた男がいた。


「……これは」

「あっ、それは」


 わたくしのです――、と口にしかけて、思わず言葉を飲んだ。


 見覚えのある金髪。

 すらっとした体躯たいく

 普段から嫌というほどに見慣れた、聖騎士団の制服。


 ――そこにいたのはなんと。

 聖騎士団の副騎士団長にして、セシリアと双璧をなすレーヴェンス神聖国の未来の星。


 ヴィクター・ドヴォルザーク、その人であった――。

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