第37話 ミーナの神聖力

 セシリアがヴィクターから手紙の返事を受けて、ミーナを大聖堂に連れてきたのは、秋も深まり始めた頃のことだった。


 待合室の椅子で、不安げにセシリアの手を握ってくるミーナの手を握り返しながら「心配しなくても大丈夫よ。怖いことなんてないわ」と安心させながら、ふたりで順番が来るのを並んで待った。


「ミーナ様!」

「はい」


 順番が回ってきたのか、ミーナが名前を呼ばれて立ち上がり、セシリアと二人で測定器のある部屋に入室する。

 ミーナを連れて扉をくぐりながら、セシリアはかつて自分も同じように養母であるフローレンスに連れられてここに来たことを思い出した。


(そうだった。あの時、ドキドキしていたわたくしの手を握ってくれていたのは。お養母さまだった)


 ――もしも自分に神聖力があったら。かっこいいしすごいし、嬉しいような。

 そんな気持ちを抱く反面、しかしもしも自分に神聖力があった場合には、それはすなわち、家族との別れを意味することになる。


 そんな――期待と不安を胸に抱きながら、幼い頃に自分も同じようにこの扉をくぐったことを、ミーナに付き添いながら思い出したセシリアなのだった。


「自分の名前は言えますか?」

「……ミーナです。姓はないです」

「年齢は?」

「13歳、です」 

「ありがとうございます。では、こちらに手をかざしてください」


 測定器を操作する神官にそう言われて、ミーナはおずおずと水晶玉のような形をした測定器に向かって手を差し出す。

 ちなみに、ミーナの耳は目立たないように、可愛らしい帽子で隠してきた。

 セシリアの顔見知りである測定担当の神官にも、今日測定をお願いする少女は獣人の子であることを事前に伝えていたので、無理に帽子を取れということも言われなかった。


「…………」


 不安げに測定器に手をかざしたミーナだったが、やがて測定器が淡く輝き出したかと思うと、ぱあ――! とまばゆい光を放ち、明らかに神聖力を測定したとありありとわかる結果を示した。


「あ、あの……」

「……神聖力値、180……? セシリア様……!」

「ええ」


 測定器がまばゆく輝いたことに動揺したミーナと、測定器の出した計測結果に驚きを見せる神官。

 どういう基準で数値を設定されているのかはセシリアも知らないが、神聖力というのは基準値が50で、レーヴェンス神聖国の国民は一般人でも10から50くらいは有しているものとされている。

 地方神官になるのに70〜80程度。

 100を超えたらほぼ間違いなく大聖堂入りというのがウルド教での暗黙の通説だった。


 ちなみに、セシリアがかつて少女時代に測定した時には200越えの数値を叩き出し、当時、神童が現れたと裏で騒がれていたのだという話を大聖堂に入ってから聞かされた。

 

「このことは、わたくしからクリスティーナ様に報告いたしますわ。……ミーナ、いらっしゃい」


 測定担当の神官を落ち着かせるようにふんわりと微笑みながらそう告げたセシリアは、それから不安げな顔で身をすくめるミーナに目線を合わせるために屈み、優しく声をかけた。


「びっくりしてしまったわよね。無理もないわ。わたくしの時もそうだったもの」

「……セシリア様の時も、ですか?」

「ええ」


 セシリアの時の場合は――、当時、今よりも型式の古かった測定器が激しく輝いたかと思うと、割れて壊れたのだ。


 前例のない結果に慌てふためく神官たちを前に、自分がよくないことをしでかしてしまったのではないかと不安に苛まれたセシリアは、落ち着くまでずっと養母に抱きしめてもらっていた。


 それがいまや――、次席聖女となり、今度は逆に不思議な縁でつながった少女をこうして案じる側となっている。


 セシリアは、不安そうな表情をたたえたミーナの頬を撫で、それこそ聖母にでも見まごう笑顔をたたえながら言葉を続けた。


「わたくしの時は育てのお母様がこうして隣に着いていてくれたの。そうして、同じように周りがざわざわと騒めく中、不安に思っているわたくしにお母様はこう言ったわ。『貴女の持っていた才能が素晴らしいからみんな驚いているだけよ。心配することはないわ。これから、いろんな人が貴女にああしなさいとかこうしなさいと言ってくると思うけれど、貴女の好きなようにしていいのよ。嫌なら嫌と言っていい。だって、嫌々やらされることからは、良いものは生まれないもの』って」


 だから、ミーナも自分が「こうしたい」と思ったことを選んで良いのよ――と。


 そう言ってセシリアがミーナににっこりと微笑むと、ミーナはまだ不安が拭いきれないながらも少しホッとした様子で「……はい」と答えた。


「ミーナ。これだけは忘れないでね。他の人がなんと言おうと、わたくしは貴女の味方よ」


 その言葉に、ミーナがこくりとうなづいたのを見て、セシリアは「じゃあ行きましょうか」とミーナを促しながらゆっくりと立ち上がった。


「帰る前に、偉い聖女様にご挨拶をして帰るから、ミーナも一緒に挨拶しましょうね」

「はい」


 そうして、セシリアはミーナを連れ立って聖女の執務室へ行き、ちょうど室内にいたクリスティーナにミーナの紹介をした。



 ◇



「クリスティーナ様。この子が、ヴィクター様の養い子のミーナです」

「まあまあ、よくいらしてくれたわね」

 

 そういってクリスティーナはわざわざ仕事の手を止めて立ち上がりミーナに近づくと、彼女の手を取って、

 

「ようこそ、はじめまして可愛らしいお嬢さん。わたくしはクリスティーナと言うのよ」


 とにっこりと微笑んだ。


「はじめまして。ミーナと申します」


 セシリア様にはいつもお世話になっております、と緊張しながらもきちんと受け答えをしてみせたミーナに対して、クリスティーナは「あらまあ、とってもしっかりした子なのね」と感心した様子を見せた。


「あの……、あと、こちらがミーナの測定値になります」


 そう言って、セシリアがさりげなく測定結果の紙を書かれた用紙をクリスティーナに渡すと、折られていたそれを開いたクリスティーナは「まあ」と驚いたように目を瞬かせた。


「貴女は、とっても素晴らしい力の持ち主なのね」


 クリスティーナに笑いかけられて、どう答えたものかわからないミーナは少しもじもじとした様子を見せたが、それを目にしたセシリアがミーナを安心させるようにミーナの肩に手を置くと、方に手を置かれたミーナもホッとしたように表情を緩ませた。


「ありがとうございます、クリスティーナ様。それでは、ミーナを家まで送り届けてからまた戻って参ります。――ミーナ、クリスティーナ様にご挨拶できる?」

「はい。あの、お時間をいただきましてありがとうございました」


 そう言って、ぺこりとお辞儀をするミーナに、「ええ。気をつけておかえりなさいね」とクリスティーナが案じて、セシリアとミーナはその場を辞した。


 帰り道、クリスティーナの正体が筆頭聖女だということを知ったミーナが衝撃で震えていたが、そんなミーナに対してセシリアは「今日ミーナが頑張った分、ご褒美を買わなければね」と笑いながら、ミーナのために甘いお菓子を買って帰ったのだった。


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