第25話 穏やかな牽制


 そうこうしているうちに大広間は開場し。

 セシリアがヴィクターにエスコートされて会場に入ると、中はそこかしこに人がひしめいていた。


 辺りを見回し、先に会場入りして招待客を歓待していた養父母を見つけると、セシリアはヴィクターを連れ立って養父母の元へと足を向ける。


 セシリアとヴィクターの二人が大広間を流れるように歩くと、周囲の人間たちがそのあまりの麗しさにざわめきを起こし、皆が振り返るようにしながら二人に道を開けて行った。


「お父様、お母様、お話中すみません。ヴィクター様がいらっしゃいましたのでご挨拶をよろしいでしょうか」


 セシリアが招待客と談笑している養父母に向かって話しかけると、ふたりに気づいた養父であるマーヴェル侯爵がセシリアとヴィクターを受け入れるように輪を開いてくれた。

 

「おお、セシリア。もちろんだとも」

「マーヴェル侯爵。この度は御子息のご婚約、誠におめでとうございます」


 ヴィクターがそう言って礼を取ると、周囲の淑女たちが「きゃっ……」と小さく歓声を上げる声が聞こえてくる。


「ドヴォルザーク卿。こちらこそ、お忙しい中わざわざ足をお運びくださりありがとうございます」


 娘にも良くしていただいているようで重ねてお礼申し上げます、とマーヴェル侯爵が返すと、そこからはマーヴェル侯爵とヴィクター中心の会話の場となった。


 セシリアはこういう時、自分は特にでしゃばらず、にこにこと微笑んでいたほうが場が和むというのをよく心得ていた。

 肯定とも否定ともつかない、ふわふわとした微笑みで楽しげに会話を聞き、こちらに話を振られた時だけ的確な答えを返し、さすがですねと褒められると恐縮しながら謙虚さを見せる。


 そうすると、周囲もセシリアの雰囲気につられてほわっとした空気になるのだ。


 セシリアはこれが、計算でやっている部分とそうでなく無自覚に漏れ出てしまう部分の両方を併せ持つために、あざとさがなく天然に見えるのである。


「いやあ……、マーヴェル侯爵は御子息も御令嬢も実に優秀な方ばかりで羨ましい限りですなあ」

 

 うちの息子にもセシリア様のような方が嫁いできてくだされば安心なのですがねえ、と冗談とも本気とも判別し難い軽口を叩いて笑う他の招待客に対し、ヴィクターが「そうですね。私も――セシリア様から手を離されないよう気をつけないといけませんね」と軽口で返した。


 そうして、ヴィクターのその言葉を耳にした周囲の人間が「ん?」と一瞬思考を止める。


 ――え? この二人、そういう関係なの? ただのエスコート役じゃなく?

 ――今のって牽制? 俺の女に手を出すなよってこと?

 

 相変わらず爽やかな顔でにこにこと微笑むヴィクターからは、いまいちその底意が掴みきれず。

 そうして、周囲が固まっている間に「旦那様、そろそろ」と、マーヴェル家の執事が主を呼びに入ってきたため、その場はそれでお開きとなった。



 ――一番面食らったのは、当人であるセシリアである。



「あの、ヴィクター様、さきほどのは……」

「しっ。セシリア様、ご挨拶が始まりますよ」


 さっきのヴィクターの発言の意図を問いただそうとするセシリアを、唇の前に人差し指を立てたヴィクターが制した。

 折良くなのか悪しくなのか、ちょうどそのタイミングでマーヴェル侯爵による本日の主役の紹介が始まったからである。


「――皆様、本日はお忙しい中お集まりくださり、誠にありがとうございます」


 マーヴェル侯爵を中心に空間が出来上がり、そこに、侯爵によって紹介されたリカルドとユフィが手を取り合って現れる。


 まだどこか初々しさのある若いカップルは、それでも双方共に貴族の教育を受けた子息子女とあって、幸せそうに微笑み合いながらも堂々と衆目の中心に立った。


(――お兄様もお義姉様も、本当にお幸せそう……)


 愛し合う恋人たちといった様子で寄り添い合うふたりを見ながら、セシリアはふと、自分が思いのほか傷付かずにこの場に立っていられることに気づいた。


 大広間の中心で拍手を受ける兄たちを見、自分が腕を組んでいる隣の男の腕を見て――、その男の横顔を見上げる。


(ああ、そうか。わたくし、ヴィクター様のおかげで。今ここで、心穏やかでいられるようになったのだわ)


 そう思い、こちらの視線には気付かずに前を向いたままで拍手するヴィクターを、セシリアは横から盗み見る。


(……不思議な人)


 優しげで、虫も殺さないような顔をしながら、聖騎士団の副騎士団長を務める男。

 常に朗らかな笑顔を浮かべる裏で、腹の底では何を考えているかわからないところがあると知っても、それが嫌だとも、だから距離を置こうとも思わなかった。


「セシリア様。どうしました?」


 少しの間だけ盗み見るつもりが、思いの外じっと見つめてしまっていたようで、セシリアの視線に気付いたヴィクターが不思議そうに微笑みながら尋ねてきた。


「いえ、なんでもありませんわ」

 

 胸の内にじわじわと広がる疼きのようなものを、表情に出さずにならしながら。

 セシリアはヴィクターに、そう答えたのだった。



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