第26話 風にあたってきてもよいでしょうか?
主催者による
全員が見つめる中、リカルドとユフィのファーストダンスが終わると、再び大広間は歓談の場へと戻った。
「お兄様」
「セシリア」
人混みの中からリカルドたちの姿を見つけたセシリアは、ヴィクターを
「ご婚約おめでとうございます。リカルド様、ロズウッド嬢」
そう言ってヴィクターが、本日の主催であるリカルドとユフィに向かって
「ドヴォルザーク卿には妹も大変お世話になっているようで。なんとお礼を申し上げたらよいか……」
「世話になっているのはお互い様です。実際に今も、セシリア様が一緒にいてくださって助かっていますし」
そう言ってヴィクターがセシリアに目線を送ってくるのに対して、セシリアは「わたくしは大したことなどしていませんわ」とにこりと返してみせる。
「セシリアも……、本当にありがとう。お前の働きぶりや評価は周りからもよく聞かされる。お前のような立派な妹を持てて、心から誇らしいよ」
――そう言った、リカルドの何気ないその一言が。
ちくりとセシリアの胸を刺したのは、なぜだったのだろうか。
兄にとって、あくまでも自分は妹でしかなかった、という切なさや、寂しさ。
そうしてそれも既に、
「……わたくしの方こそ。お兄様や、お父様やお母様のような家族を得られて……、本当に幸せでしたわ」
7歳で両親を失ったセシリアを、養父母もリカルドもこれ以上ないというくらいに愛して育ててくれた。
うっすらと記憶にある両親ももちろん愛してはいるが、それ以上に、養女の自分に惜しみない愛を注いでくれたこの家族には、泣きたいくらい感謝の念しかない。
「でした、ではないだろうセシリア。俺たちはこれからもずっと、大切な家族であることは変わりない」
セシリアの言葉尻を捉え真面目にそう返してくるリカルドに、セシリアはなんとか「そうですわね……」と答えた。
「……すまないセシリア。また改めて、時間をとってゆっくり話そう」
おそらく、挨拶をしなければならない客が詰まっているのだろう。
使用人がリカルドにぽそりと声をかけたのをきっかけに、その場はお開きとなった。
別れ際にユフィが「セシリア様。また是非わたくしとも、ゆっくりお話しさせてくださいませね」と目をキラキラと輝かせ、手を握って去っていった。
「……ヴィクター様。わたくし少し……、風にあたってきてもよいでしょうか」
少し、人混みの多さにのぼせてしまったみたいです、と苦しげに微笑んだセシリアに「お嫌じゃなければご一緒しますよ」とヴィクターが返して。
人気のない庭園に移動した二人は、熱気のこもった大広間から、涼やかな風が通り抜ける外の空気をしばらく味わった。
「……おふたりとも、お幸せそうでしたわね……」
「……そうですね」
誰にともなくつぶやいたセシリアの言葉に、ヴィクターが小さく同意を示し。
再び口を開くのか――かすかに唇を震わせたセシリアの頬を、一筋の涙が滑り落ちていった。
「あ……」
我知らず流れ落ちた涙に、思わずセシリアが言葉を漏らす。
――それは別に、ただ悲しみから来る涙ではなかった。
幸せそうな兄を見て、心から良かったと思う気持ち。
でも、その隣にいるのは自分ではないという悲しみ。
ひとつの恋を終わらせ、自分はまた歩いていくのだという事実。
過去の思い出を、きちんと思い出として消化するための涙だった。
(お兄様……、大好きだった)
初めて会った時は少し怖かったけれど。でも本当はとても優しくて。
不器用で、言葉数も足りないから伝わりにくいことも多かったけれど、その分、それが兄なりの思いやりや愛情だと知った時には何倍にも嬉しく感じて、ベッドの上でクスクス笑いながらコロコロと転がったことを昨日のように覚えている。
お誕生日に選んでくれたぬいぐるみ。
熱を出した時には、庭からお花を摘んできてくれて毎日枕元に添えてくれた。
いじわるな男の子がいた集まりの時には、背中に隠して意地悪されないよう守ってくれた。
いつも、セシリアが困っていないか、寂しい思いをしていないか、気にかけてくれた兄。
――だから恋をしたのだ。
その想いはもう、どこにも届かないけれど。
「ふっ……、う……」
想いが届かなかったから、泣いているわけではなかった。
どちらかというと今セシリアの心を揺り動かしているのは、これまで重ねてきたリカルドとの思い出や彼と育んできた嬉しかった思い出を、恋から家族の思い出として塗り替えようとする心の動きだった。
蘇ってくるひとつひとつの思い出に感謝し――決別する。
だから、今セシリアが涙を
(――わたくしのお兄様が、お兄様でよかった。たくさん優しくしてくれて、愛してくれてありがとう)
そうして、椅子に座って俯きながらポタポタと涙をこぼすセシリアを覆い隠すように、ヴィクターはセシリアをそっと胸の内に包み込んだ。
胸元にあたるセシリアの額を切なく感じながら、ヴィクターはただ黙って、彼女がはらはらと涙をこぼし続けるのに寄り添うのだった。
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