第41話 一方、マーヴェル家では



「おかえりなさいリカルド。セシリアちゃんはどうだった?」


 リカルドが自宅に戻り、セシリアと交わした話をすべく父の元に向かうと、そこには母と婚約者のユフィもいて三人で仲良くお茶を飲んでいた。


「どうもこうも……。まさかセシリアが、あんな軽率な真似をしているとは思いませんでした」

「セシリアが軽率? どういうことだ?」


 マーヴェル侯爵は息子の言葉に眉をひそめた。

 自分はただ、セシリアに渡していた釣り書きの進捗が途絶えているから、それを確認してきてほしいと伝えただけだったのだが。

 一体、何があったのだと疑問を口にすると、リカルドが苦々しい表情でテーブルにつき、いかにも言いたくなさそうな顔でおもむろに口を開いた。


「セシリアが……、大聖堂の宿舎を出て、男の家に住んでいたのです」

「えっ……?」

「あの、セシリアがか……?」

「はい」


 リカルドの話を聞いた三人が、それぞれに三者三様の驚きを浮かべた。

 説明したリカルドの言葉が足りないが故に『男の家に住んでいる』という言葉が、『男と住んでいる』と曲解されて三人に伝わっているのだが、未だ腹立ちのおさまらないリカルドにそこまで考える余裕はない。


「それって、相手は誰かわかっているの?」

「ドヴォルザーク卿です」


 母であるフローレンスから尋ねられたリカルドが、簡潔に答える。

 名前を出すだけでも腹立たしい――、そう思い、リカルドにしては珍しく憤然とした様子で答えたのだったが、その答えを聞いたフローレンスとマーヴェル侯爵は、とたんに「なんだ」と言う表情になった。


「……なんです?」


 両親の一変した様子を訝しく思ったリカルドが眉間に皺を寄せる。


「だって……、ドヴォルザーク卿でしょう? やっぱりそうだったのと思っただけよ。セシリアちゃんたら、囲い込まれちゃったのねえ」

「婚約パーティーの時もガードがガチガチだったからなあ。――セシリアは気付いていなかったが」


 マーヴェル侯爵としてはむしろ、あんなにガチガチに固めてるのに本人には気づかれていないのが可哀想だと思ったくらいだと同情を見せた。


「気付いていなかったのはセシリアちゃんくらいでしたわきっと。翌朝あなたが尋ねても、「親しくさせていただいてる同僚」でしたものね」

「……あの、お義母様……? それは、セシリア様とドヴォルザーク卿が恋仲、というお話しであっていますか?」

「少なくとも、ドヴォルザーク卿からは好意がダダ漏れに見えたわ」

「…………! まさかの、公式が最大手ですの…………!?」


 フローレンスからの答えを聞いたユフィが、なんだかよくわからない言葉を呟き衝撃を受けていた。


「……ですが、嫁入り前の娘ですよ!? 見合い話を進めようとしているところにこれでは、先方に知れたら見合いどころではありませんよ……!」

「でも、一緒に住んでるってことは、添い遂げるつもりでいるってことではないの?」


 危機感なく、呑気な会話を繰り広げる家族に対しリカルドが荒ぶるが、フローレンスがけろりとした様子で「だったら別によいのではないの?」と返してくる。


「一緒には住んでいません! ドヴォルザーク卿が紛争の後方支援で不在にしている間、留守を預かっているだけです!」

「だったら余計に問題ないではないか」


 しかも相手は次期公爵。

 相手としては申し分ない。

 マーヴェル侯爵がピシャリと告げるとリカルドは二の句を継ぐことができなくなり、苦々しい様子で黙り込んでしまった。


「何が不満なんだリカルド。確かに、事前に家族に説明なく異性の留守を預かっていたことについては誉められたことではないが、セシリアももう子供ではないのだ。お互いに大人として決めたことで、ドヴォルザーク卿がセシリアを幸せにしてくれようという意思があるなら、それに越したことはないではないか」

「しかし……。……彼は騎士です。今回の紛争のようなことがまた起こって、セシリアを未亡人にしてしまう可能性だってあります」

「そんなこと騎士でなくても誰にだって起こりうる。人がいつ死ぬかなど、誰にもわからないだろう」

「…………」


 リカルドが苦し紛れに捻り出した言葉も、あっさりと父に説き伏せられてしまった。


 最初から――リカルドは間違えていたのだ。選択肢を。


 もちろん家の事情でそうせざるを得なかったということもあるが、それでもリカルドはセシリアの「自分のために結婚しないでいてくれるかもしれない」という優しさに甘えていたし、ユフィと結婚するという、ここに至る最初の分岐点を踏んだのはまごうことなくリカルド自身だ。


 愛しているなら真っ直ぐに――、ただ『愛している』と言えばよかった。

 ただ、それだけのこと。


 ただ、それだけのことに――。

 今更気がついてもどうにもできない自分の愚かさを、ただ嘆くことしかできない、リカルドなのであった。




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