第52話「それは悪魔の後悔 7」
アオ:唐揚げにレモンは必須。一度唐揚げ全部にレモンをかけて怒られたことがある。
ロト:ポテトフライにケッチャップは地雷。マヨネーズが志向だろうが!
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前回のあらすじ。ナイトメアに引きずり込まれたアオ。そのころロトは激おこぷんぷん丸になっていた。
ナイトメア。悪夢や幻覚を見せる悪魔系の魔物。基本的には夜に行動するが、たまに昼間でも行動し悪夢世界に冒険者などを吸い込む。悪夢世界に吸い込まれた冒険者は永遠に悪夢を見せられて発狂し、最終的には廃人になって食い殺される。危険指定討伐種の魔物として登録されている。
「チッ、油断した。まさかナイトメアがあんなすぐ近くに居たなんて」
そして、悪夢世界は内側から破ることはできず脱出するには外にいる本体を倒すか、外から引っ張ってもらうかでしか方法はない。
「しかし、ここが悪夢世界……。なにもないのだな」
剣はない。魔法も使えない。あのとき油断せずに居たらナイトメアに捕まるような間抜けなことにはならなかった。
「……くそっ、なんであのとき口を滑らせたっ」
絶対言う気もない、オレの秘密。あの男にだけは知られたくなかったのに、冷静さを欠いてつい言ってしまった。そのせいでオレは死ぬことになった。……親殺しのオレを誰が助けてくれるっていうんだ。
「羨ましいなんて、言う気なんてなかった」
愛されて生まれるやつが、この世界にどれぐらい居ると思っている。逆にオレのような環境で生まれて来るやつがどれぐらい居ると思っている。自分だけ被害者の顔をする気はなかった。
けど。
「怖い……怖いッ」
抱きしめる自分の体。震えて冷たくなって仕方ない。怖かった。全部が暴かれて、軽蔑されて、アイツが離れていくのが。知られたくなかった。
「……オレだって愛されて」
〈お前なんて、死んでしまえ〉
「っ!!」
聞こえるはずのない声。居るはずのない人。聞き慣れた言葉によって意識が弾かれて顔を上げた。その先に居たのは、こちらを鬼のような顔で睨む、かつて自分の手で殺した母親の姿があった。それはまさにオレの後悔。罪と足枷そのものだった。
「お、か……」
〈お前にお母さんなんて呼ばれたくないんだよ! お前のせいで、お前のせいで私はこんなふうになったのにっ!〉
生臭い肉の焼けるような匂いとともに母親の姿が醜く変わり果てる。あのとき、家ごと燃やしたときのように。
「ヒッ……!」
〈お前なんか生まれなければ、私はもう少しマシな生活をしていたのに! コブ付きじゃなければ幸せになれたのにっ、全部お前のせいで!!〉
悪夢だ。ナイトメアの攻撃であることは間違いない。けれどもあまりにも悪趣味な幻影と悪夢に体が震えて動けない。皮膚が焼けてただれている母親が近づいてきて、その悪意のある手が首に伸びてきた。
〈死ね……ッ! 死んじまえ!!〉
「ぁ……がッ!」
締めてくる手の力は女性のそれを超えている。気管が一気にしまって脳内に危険信号が鳴り響く。まずい、このままでは死ぬ……っ!
「や、めっ」
〈やめてどうする? もう誰も助けてなんてくれないのに〉
「――え?」
なんで、なんでそこにいる。悪夢の世界に引きずり込まれたのはオレだけだ。副団長が、お前がここに居るわけがない。
「副団長……?」
〈だってそうだろ? お前のことを好きになるやつなんて居るのか?〉
「なにを、いって」
〈あーあ、マジで損した。ホント軽蔑するわ。親殺しをしたなんて、そんな事するやつ好きになったことが本気で恥ずかしい〉
頭が急激に冷えていく。目の前の男が残酷に吐き捨てる言葉が、オレが一番言われたくなかった言葉だった。震えがさらに大きくなり、力が入りづらなくなる。罪の重さと、絶望で潰されそうになる。
〈愛されたいんだっけ? お前〉
いつのまにかオレの首を絞めていた手が首から離される。それでも息ができない。さっきよりも苦しい。母親に絞められていたときよりも苦しくて仕方ない。首に増えた鎖が徐々に絞めてくる。その様子を見ながら男は悪意のこもった笑みを浮かべてオレを見下ろした。
〈無理に決まってんだろ、この人殺しが〉
「――」
なんで、なんでそんなことを。愛してるって、あんなにも言ってきたのに。
〈お前を愛するやつなんて〉
やめて、わかってる。わかってるんだよ。その先の言葉が何かを。ずっと知っていたよ。生まれたときから、今までの人生で苦しいほど知ってきたんだ。進もうとするたびに引っ張ってくる枷と鎖が、逃げようとするたびに母親を殺した罪が積み重なっては重くなって身動きができなくなる。現実を見せつけてくる。
そうだ。オレのことを愛するやつなんて、誰も、誰も……。
「〈いるわけ〉」
「大和流参の業『
パッと暗闇が晴れる。悪夢を、世界を、空間を、次元すらも斬るように走る最速の居合の剣。それは世界を斬るだけではなく、悪意に満ちた男の首を落とし、その先で口を開けてオレを喰らおうとしているナイトメアを斬りきった。
繋がるオレの鎖まで、斬った。
「俺がそんなこと言う訳ねぇだろうが。劣化野郎」
怒りに満ちた男は自分と同じ姿をした幻影を斬り捨て、オレを背に隠してたった一撃でナイトメアを倒した。あまりにも強い。そしてあまりにも洗練された剣技。
なのにオレの意識はそこになかった。ただ埋め尽くすのは疑問の言葉。
なんで、どうしてオレを助ける。
「アオ」
なんで、背中を見せてオレを守る。どうして、そんな目で見てくる。
「もう大丈夫だ」
なんでまだ愛してるって、その目で言ってくるんだよ。
「たとえアオが俺を突き放そうとも、俺は絶対にアオを裏切らない」
「!」
ふと、思い出した団長の言葉。ロトは裏切らないと、確信を持ってオレにいい切った団長はどんなふうにオレを見ていたのか今まで思い出せなかった。でもようやく思い出せたよ。
そうだ、同じ目だ。
「愛してる、アオ」
「っ……ぅ、ァ……うあっ」
「だからもう怖がらなくていい。ここに居る。ここでアオを、俺はずっと愛してる」
溶けて消えていく枷。たとえ枷が消えても罪の意識は永遠に消えない。この先ずっと抱えて生きていかなといけないだろう。それでも、今だけは泣いてもいいよね? 今だけは縋っても、いいよね。
その日初めて、オレは腹の底から声を出して子どものように泣きじゃくった。声が枯れるまでずっと、疲れて眠ってしまうまでずっとロトにしがみついて泣き続けた。
ロトはずっと痛いほどオレを抱きしめて居てくれた。
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