第21話「その女、公爵令嬢失格 2」

カンナ:好きな筋肉の部位は大胸筋と腹直筋。やっぱりお腹が最高よ。

アオ:好きな筋肉の部位は腹斜筋。鍛えるのが難しいからな。

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 前回のあらすじ。魔法の使いすぎでネネの意識が混濁。アオは魔法を使えない状況まで追い込まれながら戦うことになった。


 私が自分の立つ立場を理解したのは、齢3つのときだった。この国、トーラ王国に存在している公爵家は私の家のみ。裏の王族、第二の王とまで呼ばれる私の父は、その立場故に厳格な男だった。


「父様……あの、私絵を」

「ネネ、私は今忙しい。重要な用でなければお前は部屋に戻っていなさい」

「……はい」


 家族の語らい、家族の時間。おおよそ本で読むような家族の団欒なんて私は知らない。下町に遊びに行くことも、手を繋いだことも、抱きしめられたことだって知らない。そんなこと、一回もしてこなかった。


 そのくせ、この家は。


「ウグッ……!! ガッハ!!」

「この程度か、ネネ。お前はこの家を継ぐためにこれくらいはこなせなければならない。さっさと立て」


 幼い子供が腹を抱えて倒れようが、父は剣を握り締め立つように言う。剣を持つことだって慣れてなどいない、幼い子供にだ。それでもこの家では当たり前のことだった。日常の一つ。私はそのことに疑問なんて持っていなかった。

 そしてそれは、父だけに限らなかった。


「か、母様……あの」

「ネネ、今は授業のお時間ではなくって? あなたはこのゴールデン家の一人娘。他家に遅れを取ることは許されません。分かったのであれば今すぐ勉強をなさい」

「……」


 母は私に興味なんてない。私自身なんてどうでもいい。興味があるのはいつでも「ゴールデン家の娘」という立場のみ。なんで、どうして。そんなことを思うことだって許されないほど、母は私に完璧を求める。


「寂しい……って、なんだっけ」


 生まれた時から、そう生きることを強制された。それに対して疑問を持つことも許されないように徹底的に。私が齢9つになる頃には、幼い頃求め続け、愛を望むその心は死んでいった。自分が何をしているのか。なんで過酷な修行を、過剰な勉学をしているのかわからないくなるぐらいには。


 そして、それは突然来た。自分な体に、魔法が宿ったのだ。


「おめでとうございます。ネネお嬢様は闇魔法と火魔法を宿しております」

「そうか! ようやく、ようやくだな!」


 魔法鑑定士の言葉に歓喜する父は、今まで見たこともないほど顔を破綻させていた。


「……」


 でもどうしてだろう。どうして、父様はそんなにも悲しそうな目をしているの? どうして誰よりも苦しそうに笑うの。そんな疑問の言葉が出てくるほど、私は大人じゃなかった。ましてや、何も知らない愚かな子供だった私にできることなんて何もなかった。


 ここから知るこの家の闇が、一体どういうものなのか何も知らなかった。


 ****


「ここも、ここもだわ……」


 ある日、屋敷中を回った私は今まで気づかなかった違和感に気づいた。この家は、随分と空き部屋が多いのだ。ただ、そんなのは公爵家だから当たり前だということではなく、妙に多くある子供部屋が私の勘に引っかかる。


「なぜ……?」


 この家にいる子供は私一人だけ。よく聞く、一緒に住まう使用人の子供だってこの家にはいない。なのに、ほんの少しだけ子供がいたような気配を漂わせている部屋が多かった。壁に書かれた落書き、床の傷跡。残るそれに、私は疑問を抱く。

 いや、そのときはすでに疑問ではなかったのかも知れない。嫌な汗が背中をじっとりと濡らすのを静かに感じていた。


「どうして、どうして私は……この家の娘は一人だけなの」


 私が屋敷中の部屋を探索し始めたのはそれが理由だった。私が魔法を使えると知ったその後から父の修行は苛烈さを増し、母による勉学や作法の授業は根を詰めるようになった。二人は私が魔法を使えることを知ったときは異常なほど喜んでいたのに、その後は何かに急かされるように私に厳しくし始めた。


「私がこの家で唯一人だけの後継者なのは理由がある……この家に子供部屋だと思わしき部屋が多いのも、偶然じゃない」


 もし、もし私の予想があっていたのならそんな重要なことを隠す場所は決まっている。父の書斎だ。でもきっと、父の書斎には父がいてそして警備は厳重だろう。今の私では突破できない。


「……あっ、そうです。陛下との会合」


 月に一度、父と母は陛下との会合でこの家を空ける。私を連れて行くときもあるけども、今回は連れて行かないだろう。無論それにも根拠がある。今回の会合では必ず、最近の隣国の怪しい動きで話が持ちきりになるはず。そこに10歳の子ども連れていくわけ無いと考えた。


 だから、忍び込むならそこしかない。もはや私はこの謎を解かなければならないという意思が湧き出ていた。たぶん、私は耐えられなかったんだと思う。日常だと思っていた修行も、この苛烈な中で正気を保てなかった。だから、気を紛らわす何かが欲しかった。


 この終わりの見えない修行に、なにか理由が欲しかったんだと思う。それが、自分の首を締めることになることなんて知らずに。


 ****


「ぜぇ……はぁ……こ、こいつどんだけ早いんだよ……」

「ヒュー……ヒュー……も、無理……」


 暗い石畳ばかりが続く廊下と、冷たい空気が淀む地下っぽいところで倒れるように息を整えるのはこのわたし、カンナだよ! あの後、しっかり道に迷ったわたしはその瞬間を見逃さないぜ! と言わんばかりに捕まったよ! うえーん、わたしが方向音痴なばっかりに!


「こっちはこっちで忙しいっていうのに、お前なんぞにかまっている暇ねぇんだよ! まじで足を折られたくねぇなら大人しくしてろ!」

「お、大人しくしてたらアオに酷いことするじゃないですか! べ、別にあの鬼悪魔が何をされようがどうでもいいですけど、契約者として見逃せないんですよ! 勘違いしないでよね!」

「うっざ、うざいわ何だそのムーブ!」


 ギャーギャー、こんな重苦しい場所とは打って変わって騒ぐわたしたちのなんて間抜けなこと。というかこの人やっぱりあったことある。あれだ、先輩たちにいじめられてアオにもいじめられた不憫な誘拐犯だ。なんでこんなところに……?


「いじめられた言うな。つーか、お嬢様が言ってただろうが、前回の誘拐だの何だのってよ」

「? ……あっ」


 え、えへへ。そう言えばそうだった。ネネさんが前回の誘拐の首謀者だったんだ。忘れてましたね、鬼ごっこで。


「お前やっぱり馬鹿だろ」

「失敬な。わたしは馬鹿じゃない! ただちょっと忘れっぽいだけだ!」

「俺は何も突っ込まんぞ」


 呆れたように肩を落とした誘拐犯は立ち上がるとわたしの腕を引っ張る。向かう先は……あ、わたしが閉じ込められていた部屋だ。振り出しに戻るはヤダーーーー!!


「いやぁああああ! 離してください変態ーーー!」

「誰が変態が小娘ゴラァ!! 折るぞ本気で!」

「DVだ! DVの才能がありますよ! 将来奥さんにDVして裁判起こされて多額の慰謝料を払ってほそぼそしい生活を送るんだ!!」

「嫌な将来像を言うんじゃねぇ! 俺だって仕事じゃなきゃこんなことしたくねぇっつーの! つか今忙しんだからマジで大人しくしてろよ!!」

「む、忙しい?」


 ピタリと止まったわたしに、誘拐犯は嫌々答える。多分ここで答えたほうが大人しくなると思ったのだろう。正解だよ。


「お嬢様が魔法を使いすぎて暴れている。俺達はそれを止めないと、あの鬼悪魔を殺してしまうかも知んねぇ。だからいま忙しからお前はそこにいろ」

「……ほーん」


 それ、なんか使えそうだな。そう思ったわたしはニヤリと嗤ったのだ。

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