第17話「そのヒロイン、ツケを払う」
カンナ:小説はハッピーエンド派。バットなものはちょっと……。
アオ:小説はハピエンでもバトエンでもどっちも可。物語の内容重視。
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前回のあらすじ:公爵令嬢と男爵令嬢の執事のディベート2回戦目、ファイッ!
多分、アオはネネさんのことがそんなに嫌いなわけじゃないんだと思う。確かにアオはネネさんをすごく警戒しているし、会えばその場が凍りつくような口合戦をしているけど。
「あらこの曲は今王都中央で人気になっているジャズ……ですね。あまり聞きませんが良いリズム」
「確かに、ここの雰囲気によくあっている。演奏者の腕もなかなかだ」
「アオは音楽にも精通しているのですね」
「まぁ、知っているやつが音楽好きだからな。クラッシクとか
「雅楽? それは東方に伝わる伝統的な音楽では? なぜそれを」
「色々あるんだよ、色々」
だってほら、もうすでに敬語外れて普通に音楽の話をしているし。その敬語も怪しいところがあったけども。でもこんなふうに穏やかに会話しているのなら、二人はそこまでソリの合わない人間ではないってことにならないかな? ならない?
「それにしてもこのハンバーグ美味しい!」
「さすが花より団子。期待を裏切らないな。まるで貴族のお嬢様には見えない」
「なにか言ったぁ??」
「口元にソースが付いておりますよオジョウサマ」
ちなみに、先程まで服やアクセサリーを見ていたわたしたちはお昼時になったのでレストランに入っていた。私はハンバーグ。ネネさんはオムライスを食べている。アオは何も頼まず後ろに立っているだけだ。
「アオ、本当に頼まなくてもいいの?」
「執事が主と同じ席に座って飯を食うわけにはいかねぇだろ。こっちは気にせずに食ってろ」
そう言えばアオって執事だったんだ。今までの対応ですっかり忘れそうになる。というか今までやったことと言えば騎士みたいなことと、お母さん……。そうか、これが執事というものなんだね!
「おいオジョウサマ、絶対アホみたいなことを考えているんだろ」
「へッ!? そ、そそそんなことはかけらほどもぉ??」
「……」
なんだろう、すごい呆れた目をこっちに向けているような……。いやそんなはずはない。アオって執事とか騎士というより過保護なお母さんか、お父さんみたいとか思っていることがバレていることなど!
「いや、言っているからな。あと顔がうるさい」
「顔がうるさいって何?」
「――あら、なんてことでしょう」
突然声を上げたネネさんが、酷く困ったように眉を下げて買い物袋を漁っていた。多分、言わなくても分かるけど忘れ物でもしたんじゃないかな。
「先程の小物屋でカンナさんとお揃いで買ったシュシュを、どうやら忘れてしまったようです」
「よしアオ、行って来い!」
「私は犬かクソガキ」
と言いつつもちゃんと行ってくれるところがお母さんっぽい。アオはジッとネネさんを見た後、特に嫌味を言うこともなくすぐに向かっていく。この場にはわたしとネネさんの二人だけになった。
「はぁ~ほんとごめんね、ネネさん。アオってば口が悪いし、乱暴で」
「いいのですよ。……ですが、羨ましいですね。カンナさんとアオの関係が」
「羨ましい……?」
わたしとアオの関係を羨ましいと言ったネネさんの曇った表情。まるでお母さんとはぐれた迷子のような顔だった。……どうして、そんな顔をしているの?
「私には、多くのものがあって、どんな力もあって、欲しいものはすべて手に入る」
静かな独白を口にするネネさん。手にしたカトラリー。オムライスなのにこれまでついてくるなんて、と笑った記憶があるそれを手にしたネネさんは、酷く悲しそうで辛そうな顔をしていた。
「それでも、本当に欲しいものは手に入らない。親の関心も、心の安寧も、……愛する人も何も」
「ネネさ……っ!」
瞬間、眼の前がぐらりと地震が起きたかのように揺れた。そのまま椅子を転げ落ちるようにわたしは倒れた。なに、これ。体が痺れて動けないっ……。まさか、毒!?
「カンナさん、私はね。私の欲しいものは手に入らない運命だったとしても、せめて自分とともに歩む人だけは選びたいの」
「ね……ね」
「だから、ごめんなさい」
霞む視界の中で、あれほどおっとりと笑っていたネネさんの表情からごっそりと感情が消えていく。いつの間にかネネさんは倒れるわたしを見下ろすようにこちらを覗き込んでいた。
「アオは――あの悪魔は、私がもらうわ」
アオ、たしかにわたしは警戒心が足りなかったし、興味が薄かったのかも知れない。アオがあれほど警戒していた理由も何も聞かず、聞き入れようとしなかったツケが今の、眼の前の状況なら自業自得ってやつだと思う。次にあったら、きっとアホガキって言われちゃうな。
「……」
「……連れていきなさい」
けどさ、アオ。もしこれからわたしを助けるならお願いがある。どうか、目の前で苦しそうに、涙も流さずに泣いている一人ぼっちの女の子を助けてあげて。
きっと、その子はずっと一人ぼっちの地獄にいるはずだから。
****
「デジャブかな……」
誰もいないレストラン。昼時を過ぎたからと言って店員までいない静かなその店に残された一つの置き手紙が、何よりも雄弁と今までの状況を物語った。……前回は歴史書だったな。
「王都郊外の森、そこのダンジョン遺跡にて待つ……か。なるほど」
これも前回と違うところで、ご丁寧に人質の安否と場所まで記してあった。そうか、やっぱりあの女の目的は私だったか。……なんて、そんな事はわかっていたはず。分かっていたはずなのに、私はまたまんまとカンナを奪われた。こんなのは、油断以外の何物でもないだろうよ。
「ネネ・ゴールデン。お前は自ら死地に足を踏み入れたぞ」
怒りで魔力が漏れ変化が解ける。真っ黒い翼と角が濃い魔力をまとって現れた。翼を広げ、店を飛び出して空を切り裂きながら羽音を響かせる。私は置き手紙の書かれた場所に向かった。
『すぐに行く。まってろ、カンナ』
絶対に、私はお前を守る。
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