2章 清純腹黒令嬢編

第11話「その女、倫理失格」

「ヒィ……ッ」


 月のない新月の夜空。星のかすかな光しか差し込まないその部屋に灯る蝋燭の光すら、男にとっては恐怖の対象だった。


「もぅ……もうひゃめダっ もう駄目だっ! わ、ワシはもう……っ」


 その男、トーラ王国の商人の一人であり商売で成り上がった傑物である。様々な事業を展開し、その先見の眼と柔軟な思考力で僅か3ヶ月で王都の商人の一人に数えられていた。


「こんなことなら、こんなことならすぐにでも逃げるべきだった……っ! あの噂、本当だったなんてっ!!」


 と、表舞台ではそう言われているが、成功した理由は全く別物である。この男は裏社会にて麻薬をばらまいていたのだ。この国において、麻薬を売買することは禁止である。それは勿論どの国でも同じ。しかしこの国はなぜか裏社会でも麻薬の売買、奴隷売買も行われていなかった。


 それには、理由がある。


「に、に、逃げねば……っ、早く逃げ、逃げねば!!」

「――それは、どこにでしょうか?」

「ヒュッ……」


 コツコツと鳴り響く、冷たいヒールの音。先程まで誰もいなかったはずの部屋に、それはいた。真っ黒な外套に身を包み、かすかに見えるその顔には銀色の仮面が覆いかぶさる。聞こえた冷たい声の主は、女だった。


「な、ど、どうやってここに……っ!! 護衛は!?」

「護衛? ああ、アレのことでしょうか? あれらのことでしたら……ほら」


 パチンと、指を鳴らす女。その瞬間、重い音とともに男の護衛であるチンピラものが、床に落ちる。鉄臭い匂いと真っ赤な血が男のいた部屋に染み付いていくのを、男は絶望しながら見ていた。次は、自分の番だと。


「ひっ、ギャアアアアア!!!」

「ふぅ、暴れないでくださいな。聞きたいことがありますの」

「き、聞きたいこと……っ?」

「ええ、聞きたいこと」


 最初に聞いたときよりも優しい声に、男は一類の希望に縋る。このままいけば、自分は死なずに済むかも知れない。でなければ、そこに転がる護衛と同じ末路を自分はたどることになる。その恐怖が、男の口を開かせた。


「な、何でもいう! 何が聞きたい!? 何でも聞いてくれ、だから!!」

「では……隣国に武器を流していたのは貴方ですか?」

「っ! そ、それは」


 いいどもる男を横目に、女は護衛だったものを踏みつける。肉の潰れる生々しい音が男の心臓を冷たく締め付けた。次は自分の番。その恐怖でガタガタと体が震え、失禁しながら男はぐちゃぐちゃになった顔で叫んだ。


「は、はい私でございます!!」

「そうですか。で、隣国に流した理由は?」

「隣国が、この国と戦争をしたがっているためです! ぶ、武器を売れば買ったときより以上の利益が出ますから!!」

「なるほど、隣国が戦争を。……わかりました。教えていただき、ありがとうございます」


 ニッコリと、仮面越しで笑う女に男は安堵の笑みを浮かべる。涙や鼻水、冷や汗でぐちゃぐちゃになった顔での笑みは酷いものだった。これで助かる、もう大丈夫だ。この後はこの女の目をかいくぐり金を持って国を逃げればいい。


「では」

「はい! それで――は?」


 気づけば、いつの間にか地面に倒れ伏していた。緊張の緩みで地面に寝てしまったのか? まったく、俺もまだまだだ。……なんて、そんなわけがない。ただの現実逃避だ。答えなんて、もう目の前にある。

 視界に写っていたのは、冷たく見下ろす女の目と、手に持つ短剣。そして


 ――自分の胴体だった。


 ****


 事切れた男を横目に、書類をすべて自分の影の中に入れていく女。この女が、この国で麻薬も奴隷の売買も流行らない理由である。


「ウジ虫風情が……私の国で好き勝手できると思わないことね」


 この女の名前はネネ・ゴールデン。この国唯一の公爵家の娘でありそして、この国の汚れ仕事のすべてを請け負う国の影である。この女、否、公爵家の表の仕事は国を支える宰相などの王家補助役であるが、裏の顔はこの国にはびこる悪を統括し、管理始末するのが彼らの役目。

 その名も「影の番人」。公爵家代々続く闇魔法と、裏社会のすべてを統括する彼らに与えられた二つ名である。


「ヴァン」

「はっ、すでにここ屋敷すべての証拠隠滅、処理しました」


 するりと入ってきたヴァンと呼ばれた男を尻目に、証拠の書類をすべて集めたネネはその言葉を聞き微笑む。


「いいわ。では、この屋敷を事故に見せかけて燃やしなさい。私は学園に戻るわ」

「はい。お嬢様。それでは」

「あ、そうだわ」


 ヴァンの言葉を遮り、ネネは扉の前で振り返る。その顔にはすでに仮面はついておらず、その美しい顔をのぞかせていた。


「例の……。一体どうなったかしら?」

「申し訳ありません。人質を取ったまでは良いのですが、放った部下6人全員返り討ちにあったようです」

「そう……やはりそう簡単にはいかないのね」


 やはりこちらから出向くしかないようだ。そう呟く女の声に、ヴァンは眉をひそめる。しかしそれ以上は何も言わず、ただ静かに女の言葉を待った。


「いいわ、ヴァン。例の悪魔の契約者……カンナ・リーブルを私の茶会に案内して頂戴。そこまでの手はずも、ね」

「かしこまりました、お嬢様。すべて貴女の命のまま」


 月すら闇に覆われる深い夜。女はひっそりと笑い、そして蜘蛛の糸を垂らし綿密な罠を張る。彼女の名前はネネ・ゴールデン。この国の暗部を支配する女帝にし、そして。


「悪魔……手駒としてはちょうど良さそうね」


 この国の、次期王妃となるものだ。




__________________


第2章、スタートです! なんかサブタイトル考えるのが難しくなってきました。こんな感じにするんじゃなかった。

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