第7話「そのヒロイン、喧嘩失格」

 その後も授業もアオという、出しゃばりアホ鬼悪魔によって、生徒以上、いや講師の先生以上の好成績を叩き出した。その余波でわたしの学園でのあだ名は「女王」になり恐れられた結果、クラスから孤立。話しかけてくれる子は一人もいなくなった。


「ぷぷっ……女王ってお前……良かったな? 落ちこぼれから昇格したぞ? くくっ」

「……」

「まぁ何だ? ここからは私だってお前の成績向上のために手伝って」

「…………だ」

「ん? なにかいって」

「――もうっ、嫌だぁあああああああああああ!!!」


 わたしの声が学園の裏庭に木霊する。周囲の生徒たちがびっくりした顔でこっちを見てきたが、そんなのもう関係ない! もう、限界だ!!


「〜〜ってぇな。なんだいきな」

「いきなりじゃない! こんなにわたしの学園生活をめちゃくちゃにして! もう誰もわたしに話しかけてくれなくなっちゃったじゃない!!」

「え、いやそれは」

「アオにとってはどうでもいいことだろうけど! わたしはこの学園で友達が欲しかったのに! なのに……っく」


 悔しかった。こんな理由もわからない悪魔に自分の生活がめちゃくちゃにされているのが。何もできない自分が、何よりも悔しくて頭が沸騰していく。そうだ、元はといえばすべてこの鬼悪魔が悪い。喧嘩を売られたのも、みんなに避けられたのも全部全部……っ。


「――〜〜っもう、アオなんてだいっきらい!!!」

「え……あ、カンナ! おい! まっぶっ!!」

「ついてくんなクソ鬼悪魔ぁーーーーーー!!」


 ついてこようとするアオの顔面に持っていた教科書を投げる。教科書はアオの顔面に綺麗に入りアオは悶絶していた。

 そしてわたしは、子供がごとく脱兎でアオの元から走り去ったのであった。


 ****


「もーしらん、あのアホクソバカ悪魔。鬼、アホ!」


 呪詛を吐くようにアオの悪口を言うのはこのわたし、先ほどアオの顔面に教科書をクリーンヒットしてきたカンナだよ。現在は図書館で全力で悪魔について調べている最中さ。え? なんでって? そんなの決まってるでしょうが! あのアホ鬼悪魔との契約を破棄するためだってばよ!! もう我慢ならない! このままにしていたらわたしの生活全部めちゃくちゃだ!!


「でもなんか……悪魔についての記述が少ないなぁ」


 東方の鬼という魔族の記述が少ないのはわかる。東方の人なんてめったにいないし、鬼なんてアオ以外見たことないから。でもなんでこんなに悪魔について記述がないの……。


「ん? オカルトの棚に歴史書?」


 あまりにもない悪魔の情報に辟易していたその時、古臭い歴史書が何故かオカルト本の間に挟まれていたのを見つける。ちなみに両隣は「好きな人を落とす黒魔術」と「嫌いな子を呪う黒魔術」である。黒魔術やべぇ。


「ん? この歴史書。年期表にある二百年前の記述がごっそり抜かれてる……」


 あれ? わたしの知る限り、二百年前って言えばこの国ができた年のはずなのにこの歴史書にはそんなものは一切書かれていない。というか、その前後の記述も……。


「なにこ」

「――失礼」


 トンと、首筋に何かを当てられたかと思えば体が痺れて動かなくなる。その間にわたしの口元に何かを入れたかと思えば、甘ったるい香りと甘さとともに耐え難い眠気が襲ってきた。黒いフード、黒い服に包まれた人物がわたしを見下ろし……そして。


 ニヤリと、嗤っていた。



 ――あ、これ……まずいやつだ。


 ****


 カンナのぶん投げてきた教科書を持って、逃げた先の図書館についた私は、不自然に落ちている歴史書に視線を落とした。


「……」


 かすかに感じるカンナの魔力。そして、全く知らない誰かの魔力。この学園のものじゃない。いや、わかっている。これはさっきからずっとだ。


「……なるほど?」


 カンナの魔力が追えない。きっと封魔鋼の腕輪か首輪でもつけられたんだろう。こうなれば契約紋からの追跡も難しいな。そもそも、あのガキが生きているのかさえ……いや、私が顕現しているのなら生きている。でも、無事かどうか怪我がないかどうか、それだけがわからない。


〈――俺は信じるぜ、相棒〉


 私がグリモワールから解放されたのを知った誰かが、私を始末するためか、それとも利用するためにカンナを攫ったんだろうな。なら今すぐどうこうされることは……ああいや、でも今すぐ助けに行かないと。


〈……アオ……だい……じょうっ……ぶかっ……?〉


 でもどうやって助ければ? 魔力探知は使えないならどうする? 私はこの時代の王都の地形なんて知らない。その上移動魔法なんて使われたら。


〈あ……い……して……〉

「――嗚呼……許さねえな」


 頭が沸騰して考えがまとまらない。多分今、あまり冷静になれてないな私。なんて、そんなことを他人事のように考えている内に、いつの間にか変化が解かれて羽が広がっていた。


『まってろ、カンナ』


 すぐに助けに行く。もう二度と、この手が届かなくならないように。後悔をしないために。


 ****


 ピチョンと、冷たい水滴が頭に落ちてきてわたしの意識が回復した。目を開けばそこは、全く知らない古びた家の中で、わたしはそこのうっすいラグの上で寝かされていた。


「あっ……まずい……」


 気絶する直前と同じを言いながら、わたしは今置かれている状況を正しく理解した。これ……完全に誘拐で間違いないですね。理解理解。わたし今、人生で初めての誘拐に合ってるよママ、パパ! 応援してね!


「――って、できるかぁあああああああああああああ!!!!」


 今すぐ誰か、助けてくださーーーーーーい!!!

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