第32話「その従者、恋バナする」

カンナ:最近全く心トキメクことがなくて枯れかけている。わたしのラブロマンスはどこに……?

アオ:恋愛ってなんだっけ? となっている老人悪魔。達観しちゃった。

ネネ:ずっと貴方だけを想っている。いつか、すべてが終わったらきっと。

ヴァン:自分の幸せより、貴女の幸せを願っています。例え側に居れずとも。

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 前回のあらすじ。アオの失言によりパンドラの箱(地獄の恋バナ)を開けちゃった。


「つまりですね! ネネお嬢様は顔だけの女性ではないのです! 日々の鍛錬の積み重ね、そして血の滲むような鍛錬と勉学の日々! それらすべてがお嬢様を形作り、美しさを生むのです!」


 私のミスは、この少年の純情を弄ぼうとした事だろう。ちょっとつついてやろうと思ったらとんでもねぇヘビが出てきやがった。もうかれこれ2時間はこの話してるぞ。どんだけ溜まってんだ。


「お、おう……そうなのか、いやぁすごいすごい。じゃあ、もう終わりで」

「まだです。次は資料No.14をお持ちください。ページは182ページです」

「勘弁してくれ……」


 どんどん積み重なっていく資料。これまでのネネの全てとその魅力がびっしりと書かれた資料の重さがどれほどか。そしてこのヴァンという男の想いの重さがどれだけか。ちょっと、誰か助けてほしい。


「聞いたのはアオ様ですよ」

「いやもう、十分だから。もう知りたくない情報まで知ったから。と言うか2時間ノンストップで話していたんだから喉乾いただろ、飲み物もらおうぜ」


 ムッスリとした顔に戻るヴァンは、店員を呼ぶ前にマスクを付け直して静かに座る。いつの間にはあの資料の山は消えていた。良かった、あの資料一つで辞典か? っていいたくなるほど分厚かったからな。


「とりあえず、ヴァンがネネのことをどれだけ恋慕しているのかは分かった。狂気的なほどにな」

「まだ三分の一も話しておりませんが」

「いやもう十分だわ。これで三分の一とかまじの狂気だっつーの」


 本当に話を聞いているだけ疲れたが、聞いた甲斐は合ったみたいだ。眉間のシワが取れている。


「そんなにネネが好きなのなら、このままでいいのか? 王太子との結婚だなんて」

「……」


 思っていたが、この男の嫉妬深さは笑えないほどだ。そんなやつがすぐ近くにいてネネは王太子と婚約した。まぁ、本人は婚約破棄したみたいだが。それでも今の今まで行動に移さないとは。


「俺は、従者ですから」

「……そうだったな」


 自分の立場なんてどうでもいいほどの想いを抱えていながら、想いを伝えることもせずそばにいるヴァン。だがその答えを聞いて、私は納得した。随分と不健康に我慢しているみたいだ。


「そんな気にすることもないと思っていたが、自分の立場を気にするんだな」

「アオ様なら分かるはずですよ」

「何がだ?」


 聞き返す私に、ヴァンは痛々しく残る焼印を見せながら微笑んだ。


「誰だって、愛した人には幸せになってほしいものですよ。なんの憂いもなく」


 言葉に一片の嘘もなく、曇もなく。ただひたすらに自分がいなくても成立する幸せを見て笑う男は、笑みを浮かべながら口元の焼印をなでる。


「だから俺は、お嬢様の憂いとなるものをすべて排除する。あの御方の幸せが、俺の幸せなんですから」


 優しい笑みを浮かべる男のそんな戯言に、私は何も言えなかった。


 ****


 大量の服と、何点かのアクセサリー。そして綺麗な靴。それらが入った紙袋の山を見ながらわたしとネネはカフェで一休みしていた。


「随分買ったねぇ」

「ええ、久々のショッピングはいいですね。気分が晴れます」

「3日間アオの怒号と修行修行ばっかだったしねぇ。それにしても、なんでアオとヴァンくんから離れたの?」

「まぁ、たまにはと思って」


 アオと離れてからすでに2時間。正直あの二人が打ち解けている姿が想像できない。大丈夫なのだろうか?


「大丈夫ですよあの二人なら。アオが大人の対応をするでしょう」

「アオの……大人の対応?」


 ってなんだっけ? そもそもあの鬼悪魔は大人のか? わたしとしてはイタズラ好きな親戚のおじ……あれ? 結局大人だ。


「じゃあ大丈夫かぁ……な?」

「ええ、そうですよ。それに」

「――おいまじかよ」

「「?」」


 二人で話している中に割り込んで聞こえる男の声に、わたし達の話がぷっつりと切れた。随分と大きい声だなぁ。


「ノース領近くの鉱山村の村人が全員いなくなったって……あそこ鉄鋼の産地だろ?」

「声がデケェよ。まぁ、らしいぞ。まじでいきなり」

「はぁ、怖いなそれ。原因とか分かっているのか?」

「さぁな、そこまで分かるわけねぇじゃん。そこから先は貴族様の領域だろ」

「たしかにな」


 村から丸々一人全員消えてしまったという話に、わたしは驚きを隠すのでいっぱいだった。それは同様に目の前にいるネネも同じだったのか、一瞬だけ目が鋭くなっていた。


「ま、俺等も消えないように気をつけろって話よ」

「だなぁ。そういえば、今日の夜のことだけど」


 そうこうしている内に男たちは支払いを済ませながら話を変えてカフェから去っていく。カフェでどんな会話だ、とか色々思ったけど何も言えずにわたしは紅茶を飲んだ。


「えっとぉ……いまのは」

「事実よ。でも、この管轄はノース領の侯爵家だから私が関わることはないわ」

「あ、そうなんだ。公爵家はかかわらないんだ」

「……というのも、経済学で学ぶのですが」

「すごい! このサンドイッチとっても美味しい!」

「食べているのキッシュだけど?」


 あーあー何も聞こえない! 経済学ってナニソレオイシイノカナー!?


「お、二人ちゃんといるな」

「あ! アオとヴァンくん! いいところに!」

「あら、思っていたよりも遅かったわね」

「お待たせいたしましたお嬢様」


 いいタイミングでアオとヴァンくんの登場にわたしは歓喜する。いつもだったら不遜なアオのそのぬっぺりとした表情もなんだか輝いて見える!


「こいつが涙目なんて、何話してたん?」

「カンナが全く勉強してないことを」

「カンナ、ちょっと」


 やっぱり気の所為でした。今すぐ帰って鬼教官!

 こうしてわたしたちの束の間の休息は終わったのだった。

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