第47話「それは悪魔の後悔 2」

 前回のあらすじ。ついにアオの過去編に突入!


 物心ついたときにはすでに、私は私がいる今の状況を正しく理解できたと思う。


「ァ〜……ェ……」


 スラム街という、芥溜に生まれた私はこの国で人権がなく、そこらの石ころと変わらない存在だった。そして、それは私の親という存在だった母親も同じだった。


 家族なんて呼べるほどの絆なんて無いが、その母親は所謂娼婦というものだった。ヨダカのように体を売り小銭を稼ぐそれは言葉で言うのは簡単だ。だが、実際にやってみればそれは非情なほど周りと差を出す。年増でコブ付きだった母親ではそこまでの金は稼げない。それがわかっていてもそこから抜け出せない様子を私は投げつけられる酒瓶とともによく見ていた。


「お前なんか、産まなければよかった!」


 この言葉はその母親が自分で名付けた娘の名前よりもよく口にするものだ。実際、自分の名前がわからなくなった時期がある。「お前」とか「テメェ」というその単語が自分の名前だと勘違いしていたときもあった。

 私の母親は東方の女らしい。らしいというのも、母親とろくな会話をしたことがないからよくわからない。ま、取り敢えず東方から来たために身寄りがない。父は知らない。すでに姿はないし、もう知るすべはないからだ。


「……梅毒だ」


 その母親らしき人物は、客から感染した性病である梅毒に患った。ポツリと、まだ母親に情があった医者が梅毒のことを私に知らせてくれたが、正直何も思わなかった。ベットの上で、東方の冬と春の境に咲くと言われるウメの花とよく似た斑点を体中に咲かせ、そこから肉体を腐らせる母親を見ても心は動かなかった。


「死ね、死んでしまえ……お前なんか、お前なんか……」

「……死なねぇよ、オレは。じゃあな母さん」


 うわ言のように私に呪いをかける母親に、私はその言葉を残して家を出た。梅毒は感染する。その感染方法がどうなのかは知らないが、それを聞いた私は母親のいる家を燃やした。


 芥溜に生き、ロクに学もない私に何ができるのか。自分の家は燃やした。母親は私が殺した。そんな私が、成り上がって、自分の居場所を掴むことのできる場所にどう行くことができるのか。


「騎士……団」


 たまたま見つけた騎士団への募集広告。もう随分と汚れたそれを握りしめながら私は、いや当時はオレだったか。ザンバラに伸びてシラミすらもあった髪を刃こぼれの多いナイフで耳後ろになるまで適当に切った。その時からだったか。せめてはとあった少しの女としての自分を完全に捨てたのは。……捨てざる終えなかったのは。


 オレはその日、母を殺し、自分を殺した。


 ****


「アオ! お前すげぇな! 魔法座学と実技で1位ってまじかよ!」

「ジョン? ありがとう、まぐれで取れたものだけどね」


 あの事件から半年。オレは順調に騎士団としての生活に慣れていった。最初の頃はスラムの出身であることを隠し、平民の出身にしてなお因縁をつけられたが、なんとか実力を示してここまでこれた。未だに反感を買うことがあっても今では仲間もできるほどに。


「いやいやどう考えてもまぐれじゃないだろ。俺達の中でもアオの魔法の才能は頭一つ抜けてるって!」

「はは……魔法はいいよな。使えば使うほど研ぎ澄まされていくような感覚がする。ここで勉強することが楽しいよ」


 この騎士養成団に来て初めてオレは自分に魔法の才能があることを知った。勉強ができた。飯もあって温かい風呂もあって清潔な服がある生活は初めてだった。だからこそここでの生活は手放せない。何があっても努力し続けてきた。


「ほんと、勤勉だなぁアオは。俺達平民の希望だよ。だって王都の第1騎士団に推薦されたんだろ!? 剣術も5位以内。魔法に関しては首席! 体力もあるし何よりイケメンだしな!」

「そんなおだてても酒は奢らないからな」

「チェ、バレたか」


 この養成団で性別を隠したつもりはないが、もともと貧困な場所で育ったオレの身体はストレスか何かは知らないが女性らしい体つきになることはなく、顔つきも中性的だった。母親は美しい女だったから、これは父親似なのかもしれない。興味なんて無いが。


「お、そういえば知ってるか? 第1騎士団副団長の話。その副団長って実は移民の騎士なんだってよ!」

「? なんだ、それ」

「その人もアオと同じ推薦で入ったらしいがめっちゃ強いらしいぞ。特に剣術が!」

「……へぇ」


 王国第1騎士団。さっきの話でも出たと思うが、養成団で首席になったものが行くことができるエリート中のエリート騎士団だ。行けば必ず出世することができると言われるほど。だからこそ、剣術魔法ともに優れた騎士がいるのは当然。その中で噂になるほどの剣術の使い手、か。


「興味あるなぁ」

「お、さすがアオ。勤勉で真面目なお前のことだから、絶対に食いつくと思った。なんせ剣術で5位って言ってもそこまで使い慣れてないもんな。どっちかっていうと殴ったほうが早そうだし」

「うるさいよ、ジョン。それでもオレに負けているだろうが!」

「あー! 言ってはいけないことを! このヤロウ!」


 ここでの暮らしも、あと2ヶ月で終わる。ジョンは同じく平民として入った騎士だがここでの生活が終われば西方に転属するらしい。


「必ず王都に来いよ。酒を飲もう」

「そっちこそ西方に遊びに来いよ! 模擬戦してやる! 勝ってやるがな!」

「絶対に負けないからな」


 王都、か。こんな田舎とは全く違うんだろうな。第1騎士団に所属する新団員の半数は最初の3ヶ月で辞退してしまうほど苛烈らしい。けれども絶対に折れる気はない。ここで居場所を作ったように、オレの帰る家を作る。


 そう決意し、オレは要請団を卒業した。そして、王都の第1騎士団で新たな生活とともに始まる、壮絶な任務をこなす生活が始まっていく。


「――俺と、結婚してください!!!!」

「……は?」


 はず、だった。オレに求婚する大男が現れるまでは。

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