第51話「それは悪魔の後悔 6」

アオ:最近腹筋が割れて嬉しい。けどさらに中性的になったせいでナンパされまくっていて困っている。女性に。

ロト:最近アオの様子がおかしいことに気づいている。ここは俺が癒やさなければ。(原因)

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 前回のあらすじ。若干アオが病み始めた中、魔物討伐の任務に行くことになった。


 王国最大のダンジョン、巨大迷宮「零落の悪夢」。他の国で見てもここまで大きなダンジョンが形成されるのは稀と言われるほど巨大なダンジョンではあるが、このダンジョンは最下層まで攻略済みだった。悪魔系の魔物が湧くダンジョン。


 そこで最近、動きが活発になった上今まであまり確認されてこなかった強力な魔物まで見られるようになったらしい。その代表がナイトメアだ。


「ナイトメア、悪夢や幻覚を見せる悪魔系の魔物ですね。その能力も厄介ですが、強い魔物として登録されています。冒険者じゃまず対処できない」

「俺とアオがいれば平気だろ。魔法に注意していれば大丈夫だ」

「……」


 平気、そういったこの男の背をオレは見る。オレの出自を、この男は知らない。今まで何をしてきたのかを知らない。知れば絶対にこの男はオレに背を向けることなんてできないだろう。それが当然だ。


「っ……?」


 胸の内で、何かがかすめる。すごく嫌な気分になった。


「アオ? どうした?」

「いえ、何もありません。気を引き締めていきましょう」

「さすがは俺のアオだ。なんて真面目でいい子なんだろう。結婚するか?」

「しません」


 取り敢えず、この任務を早く済ませよう。何もかもを忘れたいほどヤケになっていたオレは知らない。ナイトメアがどうしてあれほど脅威と言われていたのか。


 それが今、牙を剥く。


 ****


「何も変わっていませんね。魔物も普通です」

「うーん。冒険者の噂みたいなところもあるからなぁ。あんま信用もできないな」


 ナイトメアが現れたという60階層に降り立ったが、そこから三日ほどナイトメアは一切俺達の前に姿を表さなかった。


「強くなっているという報告もデマかもしれませんね」

「しょうがねぇな。ならもう少し下に潜って現れなかったら地上部に戻るぞ」

「はい」


 最近、アオの様子がおかしい。どこか気が抜けていると言うか、考え込んでいるところをよく見る。それに、前はあまり気にしなかった俺のアタックを何故か嫌がるようになった……、わけでもなく嫌がっていたのはいつもだったけど。そういう嫌がり方じゃなくて、苦しそうに嫌がってくる。


「アオ、ここで一度休憩を取るぞ。疲れただろ?」

「オレは平気です。任務を続行しましょう」

「俺はつかれたからきゅうけーい。な?」


 それに何故かがむしゃらに任務をしていると、団長から話を聞いた。しかも俺が居ない間に。通りで最近俺と任務が被らなくなったと思った。間違いなく、アオは俺を避けている。それも今までにない避け方で。


「はいはい座って座って。コーヒー飲もうな?」

「……」


 無言で座るアオはどこか気まずいような顔をして、無いな。ちょっとめんどくさそうな顔をしている。安心した。


「最近……なにかあったか?」


 少しお父さん臭く話題に出してしまったかもしれない。コーヒを片手にアオの隣に座る俺の言葉にアオは飲もうとしていた動きを止めた。


「……なんのことで?」

「ここ最近任務を増やしているらしいじゃねぇか。しかも俺が居ない間に遠出の任務をな」

「副団長が面倒だからですよ。それにオレの行く任務は危険な戦闘が多く魔法を使う場面が多い。オレが行ったほうが適任です」


 たしかにな。アオははっきり言って魔法の才能は他の団員と比べても頭一つぬけている。しかし決して努力を怠ることのないまさに努力型の天才だ。しかも入隊する前とした後で見違えるほど魔法の練度が洗練されている。魔法耐性も群を抜いているし、そういう意味ではアオは適任だ。俺は魔法が苦手だし。


 けど違うだろ、アオ。


「お前、俺のことが怖いのか」


 その言葉にアオの目が見開かれる。今も離れている俺とアオの埋まらない距離。壁。最初に会ったときからあった壁はここまで分厚くなかった。なのにここ最近になって壁はあまりにも厚く、高くなっていた。


「何を、いって……。怖いなどと、面倒だと思った以上に何も思いませんよ」

「ならなんで今も目を合わせない。アオ」


 混じらない灰色の瞳。無理やりその綺麗な瞳を俺に向かせれば確かにアオの目には恐怖の色が映っていた。


「俺が嫌いになったとか、面倒だって思われているのはわかっている」

「! やめっ、何を!」

「だけどその恐怖はものが違うだろっ、何を、何を怖がって」

「――〜〜ッ離せ!!」


 アオの肩を掴んでいた俺は、大きな抵抗を示したアオによって突き飛ばされる。もっていたコーヒのカップは2つとも地面にシミを作りながら転がった。


「ハァ……ハァ……ッ!」

「アオ」

「触るな、触るな!! オレに触るな、もう嫌なんだよ! 期待して信じるのはもう嫌だ!!」


 初めて見た気がする。アオのこんな顔を。迷子のような顔をして、裏切られて傷ついているアオは泣きそうな顔で俺を見下ろしていた。


「どいつもこいつ勝手なこといいやがってッ、何が分かる!? お前のように、ちゃんと愛されて、大事にされてきたお前ごとに!! 色んなやつに愛をもらってきたアンタに!!」


 灰色に瞳から次々と涙が溢れて流すアオは痛々しく、見たこともないほど幼く感じられた。次々と溢れるアオの本音は濁流のように流れて濁っていく。


「怖いだって? 怖いに決まってんだろ! 他人を信じるのなんて怖いに決まってる! どうせお前だって、全部知ればオレのことを軽蔑する! ――実の母親を殺したオレが、まともな生き方できるわけねぇだろうが!!」

「……な……んだって」

「! あ……っ」


 今まで激昂して真っ赤に変わっていたアオの顔が真っ青に変わる。言うつもりのない言葉が出てしまったのだろう。口を手で塞いで俺を見開いた目で見ていた。


「アオ、今のは」

「〜〜っ」

「! 待てアオ! 違う、今のはそういう意味じゃ! ――っ!」


 恐怖に完全に染まり、ここから逃げ出したアオの背中に必死で手を伸ばす。そこで見えた、黒い影と悪意。このダンジョンに来てから感じることがなかった強大な魔力の気配。


「! しまっ」


 気づいたときには遅かった。姿を現したナイトメアは逃げるアオを悪夢の世界に引きずり込んでいく。真っ黒い渦の中に腕を掴まれたアオはもっていたロングソードで対処する前に無力化されていた。


「アオぉおおおおおおおおおおお!!」


 完全に吸い込まれる前に見えたアオは、最後まで俺に恐怖したままだった。

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