第5話「その悪魔、従者失格」

 柔らかい朝日がカーテンの隙間から漏れ入る。わずかに聞こえる鳥の鳴き声が朝の訪れを知らせてくる、そんな穏やかな朝。皆様おはようございます。今作のヒロイン、カンナですわ。


『――カンナ、もう朝だぞ。このままだと遅刻するぞ』


 先日はなんだかおかしな騒動に巻き込まれ、変な鬼悪魔と(無理やり)契約したような気がするけども、そんなのはきっとただの夢、悪夢に違いないわ。


『おい、カンナ。いい加減現実を見ろ。さっさと起きろこの間抜け』


 そう、だから今聞こえるこの声だってきっと気の所為。わたしは布団を強く握りしめ、朝日を遮るように布団にこもっていく。さて、次に夢から覚めればこの悪夢もきっとなくなっているはず。お休みなさ――。


『起きろや小娘ぇえええ!!』

「ああああああああああああ!!」


 勢いよくめくられた羽毛布団が周囲の僅かなホコリを浮かしていく。まだ春先で、初夏もまだのような朝の空気はひどく身にしみる。しかもベットから蹴り飛ばされた。


「なにすんだぁ!! 許さん!!」

『遅刻しそうだから起こしてやったのにいい度胸だこの無精者が。食堂の時間に遅れてもいいのか?』

「え、そんなに眠ってることなんて……〜〜っ起こしていただきありがとうございマスッ!!」


 針は食堂が閉まる5分前を示していた。完全な寝坊である。起こしてくれて本当に助かった、早く準備してご飯を食べないとこの後の授業が持たない!!


『ふん、だから早く寝ろと言ったんだ』

「昨日はアオのせいで寝れなかったんだよ! 人のベット半分以上奪って!」


 そ、それに誰かと……しかもと寝るなんて。女友達すらないのに一気に大人の階段を上がりすぎでしょ! こういうのはまず交換日記からでしょ!? このせいで寝不足なんだけど!


『何考えてんだインラン。これだから友達もいないようなボッチは。安心しろ、手なんか出すわけねぇから』

「誰が貧乳でちんちくりんだと!?」

『んなこと言ってねぇ。つーか早く準備しろ』


 それとも着せてほしいのか? なんて嗤うアオに枕をぶん投げて準備を急ぐ。髪を一つにまとめ、制服に着替え終えたわたしは身支度もそこそこにすます。よし! あと残り3分! 行ける!!


「アオ行くよ! 早くこないと置いていくからね!」


 ここからはわたしの本気を見せてやる。待ってて、食堂限定のオムライス!


『へいへい。……というかあの小娘なんか変な勘違いしてそうだが……まぁいいか』


 ****


『まじで残り3分でよく間に合ったもんだな。最後結局飲み込んでたじゃねぇか』

「ぜぇ……ぜぇ……ウルサイ……」


 食堂にギリギリ、本当にギリギリ間に合ったわたしは残りの2分でご飯を食べ終えた。これには周囲から称賛の拍手が湧き上がってもおかしくない。実際にはアオの冷たく呆れた目線だけだったんだけど。


「というかアオ、つい連れてきちゃったけどアオって生徒じゃないじゃん。ここにいていいものなの?」

『あ? 今更か? 周りの生徒だってもはや当たり前のように過ごしていたっていうのに』

「……ソデスネ」


 そりゃ、言えるわけがない。こんだけ威圧感たっぷりに歩いている悪魔相手に言えるやつなんているの? なんとかハロウィンの仮装でごまかしたけど流石に怪しまれたよ? みんなドラゴンとかがそこら辺を歩いた後の小動物みたいな反応してたよ? 可哀想が過ぎたよ。というか絶対にアオがいたら問題ごとしか起こさない気がする。全力で止めなければ。そう、わたしの穏やかな学園生活のために!


「でも流石にその姿は目立つし、ハロウィンでごまかすの無理になってきたし、何より悪魔がずっと闊歩しているなんてわたしが嫌だ! どうにかするか今すぐ東の塔跡地に戻って! わたしとの契約を解除して!!」

『何サラリとまた封印しようとしてんだ。……たく、しょーがねぇな』


 めんどくさそうに眉尻を上げたアオが少しわたしから離れる。また何をするのかと思えばアオの体から黒いモヤが吹き出してきた。うわっ、ナニコレ魔力!?


「ちょっ、吸い込んじゃったんだけどこれ大丈夫なの!? なんか病気になったりしないよね!?」

『病原体じゃねぇよこのガキ! ……よし、こんなものか』


 モヤが晴れた先、そこにいたのはアオ……だけど……。え!?


「な、なんで人間になってるの!?」


 そう、アオの額に合った角もコウモリみたいな翼も消えている。しかも服装も若干変化している。シャツとズボンというラフな格好から執事服のようなものに変わっていた。


「悪魔の姿がだめならこっちのほうがいいだろうが。まったく、変化は面倒なんだよ」

「イヤでもその服……なんで執事」

「シーレント学園第32条3項。学園の関係者以外の立ち入りは行事以外原則禁止。だが、その家族、に置いては学園の許可を得れば良しとする。……だったな?」

「ゑっ」


 ソンナ校則アッタノ……?? 知らなかった。というかこの学園にいるわたしよりもアオの方が知っているのなんでぇ? そして従者って何?


「カンナが寝ている間にこの学園の校則はすべて把握済みだ。従者なのは……あれだ。そっちのほうが都合がいいからな。これなら文句ないだろ? なぁオジョウサマ?」


 なんてことに無駄な記憶力と悪知恵が働くやつなんだ。というかわかった。こいつ絶対寮で待っているのが嫌だからこんなことしているんだ。じゃなきゃここまで用意がいいのがおかしいでしょ!


「つべこべ言ってないで早く行くぞオジョウサマ。授業に遅れるだろうが」

「いや、わたしが主人なら敬えアホ! タメ口で聞く従者がいるかぁ!!」


 ****


 一時間目、実践魔法学。この授業は実際に魔法を発動させる。とてもシンプルで言葉通りの授業に、みんながワクワクする時間。しかも今日はようやく攻撃魔法について教えてもらえるらしい。自分の属性魔法をボール状にするよう魔力を練り飛ばして10m先の的に当てれるか。初級中の初級で、威力もそこまで出ない簡単な攻撃魔法。安全性バッチリだ。


 そう、そのはずだった。


「おい、こんなものか? ずいぶんと柔いな」


 10m先のまとがすべて破壊され、その上地面まで抉れている。ただのウォーターボール。ただの初級魔法で……っ。


「さぁて、ガキども。ウチのお嬢に手ぇ出すってんなら……次はお前らの番だぜ?」

「「「大変申し訳ありませんでしたお嬢!!!」」」


 土下座する男子生徒。怯える先生とみんな。ふんぞり返るバカアホ鬼悪魔。


「な、な、な、何やってんだぁあああああ!!!!」


 わたしの怒号が、今日の地獄を知らせる始まりに過ぎないことを、このときのわたしはまだ何も知らないのだった。

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