第4話「そのヒロイン、破棄失格」
ヒソヒソ、ザワザワ……。
「な、にあれ? 悪魔?」
「いや、鬼じゃないか? 悪魔特有の角の形じゃないだろ」
「でもあの羽……」
「こ、これはただのハロウィンの仮装でーす!! お気になさらず!!」
ざわつく廊下。その原因はどこから来ているのか、隣で悠々と歩くこの鬼悪魔に決まってますよね! なんで角も羽も出しっぱで来るの! ハロウィンの仮装で誤魔化せれる気がしないんだけど!!
「「「あー、そうなんだー」」」
できるんかい。
『ふん、どいつもこいつも大したことはないな。なぁ、カンナ』
「お願いします、周囲に喧嘩を振りまかないでっ」
もうヤダ。今すぐ解放されたいっ。ヘイ! 神様! この悪魔との契約のクリーニングオフの仕方を教えて! 切実に!
****
というわけで、どうしてこうなったのか回想である。鬼悪魔から契約を持ちかけられたわたしは速攻でお断りした。が、それを却下されて無理やり契約を交わされたよ! やったね! ふざけんな!
「嫌です、絶対に嫌です! なんで契約するのいやぁあああ!!」
『うるせぇ、契約できれば私は完全に解放されてこの場から離れることができんだよ。それにお前だって悪くないだろ? 護ってくれるサーヴァントがまさかのタダで手に入るんだぞ? しかも私は強いからいくらでも守れる』
「いいこと聞いた。今すぐここから離れればわたしはお布団でゆっくり眠れるんだね! じゃ、そういうことで!」
『はい、契約紋』
「人の話聞いてくれない。この人でなし! 悪魔!」
『人じゃねぇよ、悪魔だからな』
「鬼!」
『鬼だからな』
「クソぅ! どんな言葉も効かない!!」
と、こういう感じで悪魔と契約してしまったとさ。めでたしめでたしってなわけあるかーーい!! そしてわたしは崩れかけた東の塔の崩壊を見守った後、全速力で校舎へと向かい、契約を破棄するためジジィ……いや、校長先生を探しに行くことにしたのだった。
で、現在に戻る。簡単な回想おしまい。
「け、契約を破棄できないって……どういうことでしょうか?」
「そのままの意味だね。思っている以上に強力な契約紋だ。魔力の量で物を言わせた契約だからか、ワシの力じゃ契約を破棄することができない」
「そんなっ、じゃあなんのための校長なんですか!?」
「学園のための校長だね」
「じ、じゃあ……わたしはこの鬼悪魔とこのまま?」
「そうなるね」
わたしは膝から連れ落ちる。神は死んだ。
「しかし……これが」
膝を崩れ落ちていくわたしに苦笑の笑みを浮かべるイヌズキ校長先生。しかしすぐに後ろにいる鬼悪魔を見ては、なにやら鋭い視線を向けていた。いつも和やかで食えないジジィにしては珍しい表情だ。
『なんだ小僧。こっちをジロジロと不躾だな』
「なんでそんなすぐ喧嘩を売るの?」
嫌そうに顔を歪めた鬼悪魔は睨んだ校長先生を見てはそう吐き捨てる。というか小僧って、鬼悪魔って一体いくつなの? そして何ですぐに喧嘩を売るの? わたしの死相の原因って鬼悪魔じゃないの?
「こちらでも調べてみるとしよう。今日はもう帰りなさいカンナさん」
「はい……え、こいつと?」
『早く行くぞカンナ』
「もうわたしには拒否権ないの? そうなの?」
「そうだ、この悪魔のことについて漏らしてはいけないよ。混乱が起きてしまうからね。協力してほしいな、カンナさん」
「すでにわたしの頭の中が混乱パーチー状態ですが??」
「それでは、また明日」
「………………はい。さようなら」
そしてわたしは神にも校長にも見放され、泣く泣く学園の寮に戻ることになった。……いつもは一人で帰るはずの帰り道。願ったよ、誰かと一緒に帰ってみたいって。そう願った帰り道なのに、隣りにいるのは無理やり契約した押しかけ女房ならぬ、押しかけ悪魔。わぁ……今日の星空綺麗。でもなんでだろう? 歪んで見えないや。
『おい、カンナ』
「なに!? 今は鬼悪魔のせいでわたしの心がブルーよ! どうなるこのあとの学園生活!? 握りしめる退学届! 叩きつける校長の顔面! 次回、ヒロイン退学する!」
『次回、じゃねぇ。何だその口調は』
「鬼悪魔のせいですけど!?」
なんでこっちが悪いみたいになってんの! どう考えてもこっちは純然たる被害者。鬼悪魔は加害者。呼ばれる裁判、確実な敗北刻みつける弁護士! イエア!
『下手なラップだな。それよりも、私の名前はアオだ。アオ・クロード。鬼悪魔ってずっと呼ぶな、今日からアオって呼べ、いいな』
「アオ……?」
アオ・クロードと名乗った鬼悪魔は、私が反芻して呼ぶ姿に満足そうに頷いては先に進んでいく。まるで人間のような名前。そういえば、アオはわたしの知る悪魔や鬼みたいに人外っぽい顔つきをしていない。いや、同人誌……秘密の本には似たようなのがいっぱいだったけど。それでもまるっきり人間のような顔。中性的で、シャツにズボンの簡単な服装だけど、その服から透ける筋肉はまるで騎士のようだった。
あれ? 意外と怖くない? というか普通の人っぽい気がする。
『おい、置いていくぞ』
「あ、待って! じゃない! そもそも帰るのはわたしの寮部屋なんだけど!」
『相変わらずうるせえ女だな。んな元気はあるなら早く来い』
「もうやだこの悪魔……誰よりも暴君じゃん」
言葉では悪く言っても、最初のときのように問答無用で殺しにかかってこないアオに、なんだか違和感とむず痒しさを覚える。遅く歩くわたしに眉尻を上げたアオは、そのままわたしの手を握った。
『帰るぞ』
「え、あ、うん……なんか優しいの気持ち悪い」
『捨ててやろうかこのアマ』
誰かと帰る帰り道が、こんなにいいものだなんて。鬼悪魔と帰っているはずなのに、手を繋いでわたしの歩幅に合わせて歩いてくれるアオに、ちょっとだけ嬉しく思ってしまうわたしがいた。
次の日、母親のように叩き起される地獄を体験することも知らずに。
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