第23話「その女、公爵令嬢失格 4」

カンナ:難しい話を聞くと3秒で意識をなくす。ココハドコ? ワタシハダレ?

アオ:真剣な話もたまに聞かないことがある。友人なくすタイプ。

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 前回のあらすじ。カンナの泣き落としが成功した。ついでに変態の称号も手に入れる。


 ――……今日も、私は私の息子を殺した。その前は娘を。その前は3歳の子供を。私は私の手で、何人もの子供を殺し続けた。一体、この先に何があるというのだ。私の技は、子供を殺すためだけに存在しているのか?


「なに……これ」


 1ページ目に書かれた言葉に、眼の前が真っ暗になる感覚を覚えた。何、どういうこと? 私の息子? 自分の子供を殺すってどういう意味なの。ページを捲る手が止められない。その日記に書かれている限り、私が生まれるまでの間に父は10人以上も、自分の子供を殺していた。


 そしてその子供にはとある共通点があった。もう嫌になるほど、吐き気を感じるほどの共通点が。


「全員、闇魔法属性を引き継いでいない……」


 魔法属性が分かる、約5歳頃にほとんどの子供が死んでいる。生きていたとしても、それらは心を壊し廃人となっては……自殺していた。それはただ、闇魔法を引き継いでいないから。


「ッ……ウェッ!!」


 吐き気がとうとう喉元をせり上げていく。それでも出てきたもので汚さないように必死で耐えた。バレたら、どうなるかなんて結果を見るより明らかだ。だから、だからこのこみ上げた吐き気と涙を絶対に落としてはいけない……っ!


「ふぅ……ふぅ……そう、そうだったんだ。そういうことだったんだ」


 父の修行がどうしてあそこまで苛烈だったのか。母の教育がどうしてあそこまで異常なほど詰められていたのか。それはただ、私が闇魔法を引き継いでいたからに他ならない。私の存在はただ、この家にずっと巣食う闇魔法を守るために存在していた。今まで死んでいった子どもたちの無念も、父たちの期待も、それらを背負うために。


 私は、ただそれを守るために生きているだけなんだ。


「私、私はっ……! 私自身を望まれていない!!」


 吐き出した言葉が答えだった。今まで死んだ私の兄弟たちも姉妹たちも、全員同じ。この家の闇魔法のために存在し、受け継がなかったために死んでいった。私も彼らも何も変わらない。ただそれのためだけに生かされた!!


「うあ……ヒギっ……!」


 押し込め、押し込め!! 様々な感情が入り交じる激情を。苦しいこの現実と真実を。……私はただの道具であるという答えを。叫んで今いるこの場所がバレないように。


「どうして……どうして……っ」


 たかが魔法だ。ただの道具である魔法のためだけに、どうしてこんな目に合わないといけない。どうして! 死ななくちゃならない! 私の立つ場所が、どうして自分と血肉を分ける兄弟たちの死体の上で築かれないといけない!


「もう、いや……いやだ……」


 どうしてと言葉を叫びたくとも、嫌だと逃げたくとも出来ない現実を知ってる。たとえ地の果てまで逃げてもこの家は私を追うだろう。そして、私はこの現実を知って逃げることが出来ないだろう。


「…………やらなくちゃ……勉強も、修行も」


 心が壊れる。心が死んでいく。でも、もう自分を止めることが出来ない。もうヤケだった。何もかもを忘れたかった。こんなクソッタレな現実も、私は一人であり、私自身を愛してくれる人がいないことを知ってしまったその事実を忘れるには、ただ我武者羅になる他なかった。


「――――」


 その言葉が、どうしても喉から出ることが出来なかった。そうして膿のように溜まっていくのを、静かに感じていた


 ****


 そうして我武者羅に自分を鍛え続け、顔に淑女の仮面を被った頃。私はゴールデン家の試練を乗り越え、ゴールデン家の裏の顔であるアサシンとして活躍していた。自分の手が真っ赤に汚れていくのを感じていても、心が壊れるのを止められなかった。

 そんな頃、私は何を思ったのか公爵領の街に一人で降り立った。本当に、今になってもその時の行動が私には理解できない。本当にただの偶然だった。けれどもその偶然があの出会いを起こしたのだ。


「ねぇ、貴方。どうしてここにいるのです」

「……」


 泥とすすにまみれた薄汚い子供。ざんばらの髪には砂とノミが紛れ込み、そこらで見る野良猫よりも汚らしかった。


「貴方、行くところは? 親は?」


 どうしてそんな子供の前に立ち止まったのか。それでも私はこの汚らしい子供の前から離れることがどうしても出来なかった。多分、自分と重ねていたんだんだとおもう。身分も格好も全く違うのに、その死んだ目だけが一緒の子供と自分が重なって見えた。


「……」

「そう、行くところもましてや親もいないのですね。可哀想に」

「ッ……」


 可哀想、その言葉に子どもの方が動く。その時、ようやく目のあった子供のその鋭い眼光に思わず動きを止めてしまう。生きる、そんな意思を感じさせる目だった。


「俺は……俺は可哀想じゃない……そんな格好をしているくせに、死んだ目をして血の匂いを漂わせてるアンタのほうが可哀想だ。アンタの目は、誰にも愛されなかった人の目をしている」

「!」


 今度は、私が驚く番で私が子供を睨む番だった。全部図星でしかなかった。どうして分かったとかそんなことがどうでも良くなるほど、その子供に言葉は私の心臓に突き刺さる。


 けれども、こうも思った。


「……そう、そうですね。なら、貴方が私を愛してくれますか?」

「は……?」


 もし、この子供を育て守り教育して自分の右腕にしたのなら。もし、この子供から本気で愛され必要とされれば。


「貴方の帰る場所を、私があげると言っているのよ」

「帰る、場所を……?」

「どうする? この手を取るか、それともこのまま死ぬか。好きになさい」


 私は、この世界に生まれ意味を知れるんじゃないだろうか。これがただの依存と分かっていても、私はその考えをやめられない。そうして手を差し出す私に、子供は何かを考え込むようにし、そして私の手を握った。


「貴方の名前は?」

「…………ヴァン。ヴァン・ディフェン」

「そう、ヴァン。私はネネ・ゴールデン。貴方の帰る場所に私はなる。だから、貴方は私を守り、私の右腕になりなさい」


 この出会いは、私の心を少しは救うこととなる。ヴァンを右腕にすることに反対する両親を押しのけ、私はヴァンを全力で私の持てる全てで鍛え、教育し、情を注いでいった。


 なのに、どうしてだろう。私の心をヴァンは救ってくれたのに。なのに、乾いていくのはどうしてかわからない。


 どこかで、小さな私が泣いている。助けてと。誰か止めてと泣いているのを見て見ぬふりをした。

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