第9話「その悪魔、護衛失格」

 耳を刺す、冷たい声。その中に含まれた呆れたそれは、この2日間でよく耳にする声だった。


「あ……お……」

『……』


 目を開けた先、灰色の空を背負い黒い翼を広げる悪魔の姿。ピクリとも表情は動かず、ただまっすぐと敵だけを見つめるアオの雰囲気に、全員が黙る。漏れ出す邪悪なオーラと濃い魔力で分かる。

 あれ、アオめっちゃ怒ってない?


「こいつが、狂乱の悪魔……」

「え……」


 後ろにいた男がつぶやいた声に、わたしは思わず言葉を漏らす。「狂乱の悪魔」? ってもしかしてアオのこと? そんな厨二臭い二つ名を持っているなんて聞いてないけど?

 全く場違いなことを考えるわたし。けれども周囲はしっかりとシリアスな空気を保ち、先輩と呼ばれた男たちが武器や魔法を練りアオの前に立ちはだかった。


「はっ、ようやく来たか悪魔が」

「この人質が見えるな? 怪我させたくなきゃ大人しく」

砲撃拳ダイナマイト・インパクト

「「ガッハーーーーーーッッッッッ!?」」


 まだセリフを吐いていた男ごと、いつの間にか男たちの懐に入っていたアオの魔法が炸裂。拳がまっすぐ男たちのボディを入ったかと思えば、上空に吹っ飛んで行く。多分……10mぐらい……飛んだかな……?


「「「「「……え」」」」」


 落ちてくる男の雨。地面にめり込みピクリとも動かなくなった男に一瞥もくれず、アオがわたしたちに視線を向けた。


『安心しろ、峰打ちだ』

「「「「「その拳のどこに峰があるんだよ!!!!」」」」」


 その拳の全部がしっかり鈍器の塊じゃねーか!!


 ****


 え、まってまってただの拳であんなに威力があるの? じゃ今まで本当に手加減していたってこと? ……こわっ! いや本当に怖っ!! アオって本当はこんなにめちゃくちゃ怖かったの!? しかも、今の水魔法じゃないよね? じゃあ、なに? アオって2つ魔法属性を持っているの!? そしてもしかしてですけれども、わたしと対峙したときはそこまで本気じゃなかったってことだよね!? 更に怖い!!


「……の、てめぇよくも仲間を!!」

「ぜってぇ許さねぇぞ!」

「いいからやっちまえ! 絶対に逃がすな!!」

「! アオ!!」


 残りの先輩3人がアオに飛びかかる。わたしとは比べ物ならないほど魔力、速さに危険を感じたわたしは叫ぶ。しかしそこからアオが動くことなく、男たちの剣先がアオを、そしてそのまま地面にまで振り落とされた。


「や、やったか……!?」


 土煙が舞う。男たち3人の中の誰かが言葉を発した。うん、それ絶対にフラグ。


『――千先せんせん幽界渡ゆうかいわたり連撃蹴コンテリアル・アタック

「「「ガハッ……」」」


 土煙が一気に晴れる。なぜか? それはアオが起こした連続の魔法の一つである蹴りと、瞬間移動にも等しいスピードで動いたことによる爆風のせいだと思う。男たちはその余波を食らってそのまま地面に倒れていった。というか今気づいたけど、あれ身体強化魔法だ。光の魔法属性よりも珍しい無属性魔法。持っている人初めて見たぁ。人じゃないけど、鬼悪魔だけど。……もう、何も言うまい。


「つ、強すぎる……」

『それで、どうする? そこにいるガキを開放すれば見逃してやるが? それとも、ここで無駄死にするか?』


 もはやどちらが悪役なのかわからないアオの言葉に、男が後ずさる。ちょっ、首に腕あるんだからしまっちゃう。動くなら言って!


『ここで開放したほうが身のためだぞ』


 そうだそうだ! 今すぐわたしを開放したほうが身のためだぞー言葉通りで! そこで沈んでいる先輩たちのようにひどい目に合うぞ! 言葉通りで!!


「くっ、ふざけるな! こいつがどうなってもいいのか!?」

「なんで!? もう言うこと聞こうよ!」

「うるせぇ! このまま引き下がれるか!!」


 なんと、彼はプライドのために引かないようです。その証拠にわたしの首元にナイフを置いてきた。さっきは足を折るのにも躊躇してたくせにぃ〜。


『ほう……』

「いいか、動くんじゃねぇぞ! 俺はこいつの首にナイフを切り込むことだって、お前よりも早くできるんだからな!!」

「うえーん、アオ〜だずげでぇ……」


 緊張感ある空気。わたしはもうガチ泣きである。もうやだお家帰りたい。首元に当たるナイフの冷たさがリアルを通り越していて膝が震える。でもこのままじゃアオは手出しができないんじゃ。え、じゃあわたしこのまま人質として連れて行かれるの? いやぁああ! たすげでぇ”……!


『阿呆が。水蛇呪縛バインド

「うぐっ!?」

「うえ!?」


 はい、手出しできないと思っていた時期がわたしにもありました。なんていうことでしょう。やつはぁ、魔力で男の後ろで水をヘビのように動かし、口と鼻を塞いだんです。ええ、それはもうがっしりと。そんな精密な魔力操作、わたしじゃどんなに修行してもできっこないほど、それはそれは凄まじい神業です。さすが鬼悪魔。もはや敵なし。


「ぅっ……」

「あ”あ”ー死んだぁーー!!」

『死んでない。気絶しているだけだ。だから喚くな鬱陶しい』


 なんだコイツ本当にわたしを助けに来たんだよね? とんでもなく辛辣なんですけど。でもアオの言う通り、気絶した瞬間消えた水蛇に、息を吹き返した男はそのまま眠ってしまった。よく見れば、他の人達も死んでない。


『ガキの前で人殺しなんかするかよ。これ程度の相手なら手加減ぐらいできる』


 と、言ってのけたアオは渾身のドヤ顔をしていました。バッタバッタ人を倒し倒れ伏す、割とひどい状況で。


「……」


 それなら、もうちょっと早く助けに来てほしかったんですが? とは言わない心優しいわたしだったのだった。

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