#027 ガス抜きと暗器

「本当に、式の為だけに来たんだね」

「それはそうだが、完全に帰ってしまう訳でもないらしいぞ?」


 翌日の午前、勇者総出で帰るお姫様たちを見送った。そして午後には王子様と一軍勇者の出発も控えている。今後の不安もあるが、ひとまず(会う機会はないものの)お偉いさんが出ていってくれるのは、なんとも晴れやかな気持ちだ。


「そうなの? まぁ、王子様の代理って立場だし、何かあったら駆け付けなきゃだもんね」


 兵士や一軍メンバーが駆け回る姿を眺めつつ、今日も特訓禁止で割と暇だったりする。


「そうだな。なんでも、王族専用の保養所が各地にあって、そのうちのどれかに滞在しているらしい」

「……温泉」

「いや、そういう意味の保養地ではないと思うが…………土地によっては、あるのかもな」


 小箱の中身は、手紙と緊急の連絡先、あとは"証しの指輪"。これは身分証の一種で、姫様を訪ねる際に必要となる。


「そもそもこんな魔族領付近で療養とか、無理だよね」

「そうだろうが、地方にだって貿易拠点や娯楽施設はあるだろう。むしろ前線にこそ…………いや、何でもない」

「「????」」


 2人はピンときていないようだが、戦場ではガス抜きのために専用の娼婦が用意される事もある。それは女人禁制の場でも同じで、日本でも古くから専用の男娼がいたらしい。


「それより、頼んでおいたものはできたか?」

「あぁ、うん」

「時間が惜しい、早く見せてくれ」

「男の子って、あぁいうの、好きだよね~」

「サバゲーの勇者が、それをいうか?」

「いや、そうなんだけど、ナイフは専門外だからね、一応」


 さっそく移動して新しい装備を受け取る。





「おぉ、なかなか…………禍々しいな」

「(支給された)ベースが、そういうのだったから」


 受け取ったのはナックルとナイフが一体化した"ナックルナイフ"。これは見た目の禍々しさに反して防御や護身用の装備で、ナックル部分は斬撃を受け流す盾であり、刃先は携帯性重視で短く、サバイバルナイフのように多目的な使用を想定した形状となっている。


 本体は既存品だが、そこにニードルの射出機構を仕込んでもらった。普段は暗器として隠し持ち、緊急時には(魔法杖は魔術回路が仕込まれているので、打ち合いは避けた方がいい)ナックル部分を受け流し目的の小盾のように扱う。そして相手によっては、刃やニードルに仕込んだ呪いで奇襲を狙うわけだ。


「うん、悪くないな」

「おぉ、かっこい~」

「……器用」


 賞賛と茶化しが混じった声援。グリップには大きな輪があり、そこに指をかけて引き出し、軽く回転させつつ装備する。すこし手間ではあるが、暗器なのもあって鞘で(刃だけでなく)大部分を隠す構造だ。


「あとは…………こっそり呪うだけか」

「「…………」」


 この施設には3か所、呪いが集まるポイントがあり、そのうちの1つ。施設裏にある使われていない広場。あそこは、捕らえた捕虜や国内の反乱分子を『証拠の有無にかかわらず見せしめとして処刑する』、つまり"処刑場"だった。


「その…………えっと、なんでもない」


 曇った表情を見せるミヤコ。エイミもそうだが、2人にはこの施設がどのような目的で使われていたのか、そして今後の展開の予想をある程度伝えてある。


「自分が作った装備が、人殺しに使われるのが嫌か?」

「…………」

「別に考えを押し付けるつもりはないが…………これから、何千、何万と人が死ぬ。そして俺は、殺される側に回るつもりは無い」

「「………………」」


 勇者、人族、そして魔族や亜人も。戦争では大勢の人が死に、そして殺す事になる。それらに嫌悪感をいだくのは正常な反応だと思うが…………もう、だからといって避けられるような境遇に、俺たちは立っていないのだ。




 こうして俺たちは、本格的な戦いに備えていた。

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