#009 王選と人種

「不味いな。このままでは……」


 隊長やグレゴルド様は、コウヘーの実力に興味を示さない。それどころか異世界人である勇者の力そのものや、それこそ勇者に頼るこの儀式自体に不信感を抱いているのかもしれない。


「いくら束になったところで、勝てるわけ、無いのに」


 我々が相手にしようとしている魔族は強敵だ。もちろん弱いものもいるが、上位の個体は『万単位の軍勢でようやく倒せるか』というほど。そのため魔族領への侵攻には、同じく『万の兵力にも匹敵する』といわれる勇者の力を借りる。


「戦略というより、遊戯感覚。本当に、"王選の儀"を出し抜くつもり、なのだろう」


 王選の儀は、次期国王を決める試験であり試練なのだが、魔族を亡ぼす必要は無い。伝説になぞらえて4人の王位継承者が勇者を召喚し、それぞれ決められた魔族領を占領する。王選の期間は1年で、月区切りで先に目標を占領できた陣営が次期国王となる。占領できた陣営が複数いた場合は協議会が開かれて話し合いで決まる。


 しかしこの議会が開かれた記録は今のところない。それだけ魔族は強敵であり、(国民に知らされることは無いが)占領できずに1年が経過してしまう事もしばしば。勇者が全滅して王選を辞退する継承者も出るほどで、1つも占領できずに終わる事もあるのだが…………その場合は、第一王子が『占領に成功した』事になるそうだ。


「やはり、グレゴルド様は……」


 確証はないが、元老院が描いた物語りシナリオに、第四王子である『グレゴルド様が王位継承する』展開はない。そのつもりがあるなら、先の王選を経験した騎士や近衛を派遣しているはず。


 とはいえ、グレゴルド様もその事は察しているだろう。しかし元老院の策略がどうあれ『先に占領したものが次期国王』という基本ルールは変わらない。そのため目指すは短期攻略。未成熟の状態で召喚される勇者に頼ることなく、軍隊や冒険者を駆使して早期占領を目指すつもりなのだ。





「なるほど、亜人が実在するとは……」


 勇者の訓練には座学も含まれる。いや、俺が無理を言っているだけなのだが…………本来こういった座学の時間はなく、必要に応じて休憩や、作戦会議のついでに教えられるそうだ。それを俺だけ魔法の講義って名目で『こっそり先行して詳しく』教えてもらっている。


「なかでも獣人は傭兵に多いので、作戦を共にする機会もあるでしょう」


 亜人は大きく分けて3種類。亜人ではないが地球で言うところの人間を"人族"として、獣の要素が含まれるものを"獣人"、対してエルフやドワーフなどは"精霊種"と呼ぶそうだ。


 この国は人族の国家で、亜人との関係は悪いものの…………実力主義で(獣人同士でも)他部族に関心の薄い獣人は冒険者や傭兵として活躍しており、精霊種も獣人ほどでは無いにせよ最低限の繋がりはあるそうだ。


「まだ会えないんですか?」

「もう少し訓練が進めば、最初の侵攻作戦のメンバーが発表されるので、その時になるかと」


 そして最後が魔族であり、その中でも獣系が幻獣人、精霊系が魔人や悪魔と呼ばれるそうだ。


 魔族の大きな特徴は、モンスター、この世界で言うところの"魔物"側であり…………人族や亜人が動物として魔力の無い(薄い)環境でも生きられるのに対して、魔族や魔物は(生命活動に魔力を用いているので)魔力が切れると死んでしまう。


「そうですか。その、やっぱり単独で戦うのって……」

「それは流石に、許可できません」


 作戦はただの勝ち抜きバトルではない。最終目標は魔人領の"占領"なので単純なパーティーのバランスのみならず、偵察や統治などが出来る人材も必要になる。


 とはいえ、そんなものは建前。異世界人である召喚勇者に、自由行動を許せば何をするか分からない。だから大きな機械に組み込み、絡み合う歯車にして勝手な行動を抑制するのだ。


「まぁ、そうですよね。背中を預ける相手ですし、せめて人選にかかわりたいのですが」

「それは…………出来るだけ尊重しますが、最終決定権は……」

「あぁ、出来る範囲で大丈夫です。軍隊ってそう言うものでしょうし」

「その、まぁ…………そうなんです」


 いちおうフィーアさんは上官なのだが、精神的には年下であり、騎士団(貴族)内でも下っ端として、これまで威張り散らす機会はなかったのだろう。なんというか、派遣先のバイト仲間と話している気分だ。


「あの王子様も、本気で王座を狙っているんですよね? それなら私情や思想は抜きにして、合理的な判断をしてくれる事を、期待します」

「……………………」




 こうして俺は『離反するシナリオのため』にも、異世界の知識を蓄えていった。

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