#037 死霊術と覚悟
「何かいるぞ! 気をつけろッ!!」
「足止めか? どうするトーヤ!!」
馬を走らせる主力勇者と付き添いの騎士の一団。しかしその行くては、点在する人型に阻まれる。
「……シテ、コロ……」
「苦シイよ…………痛イよ……」
「死ニタク、ナイ、死ニタク……」
「なんだコイツ、ゾンビか??」
「落ち着け! これは
「いや、死体って……」
その死体をゾンビと呼ぶには語弊がある。暗くてよく見えないが、その顔にはわずかに生気が残っており、何より言葉を発している。
「成りたてというだけだ! じきに体は腐り、呂律も回らなくなる!!」
「いや、ってことはまだ、完全に死んでいないんだろ!?」
「まだ助けられるかも!!」
この世界のゾンビは本来、人の体を必要としない。死体に宿る場合もあるが、基本的には墓地などの死体を連想させる場所に魔力が作用して現れる模倣品だ。
対して死霊術(死霊使い)は、死体などを利用して疑似的にアンデッドを作り出す魔法であり、自然発生したアンデッドと違って様々なアレンジを加える余地がある。今回は近隣の村で調達した農民であり、特別な力は持たないようだが……。
「時間の無駄だ! 何より急がねば、助けられる命も助けられなくなるぞ!!」
「ぐっ、それは……」
「なぁ、この場は無視して、後続の人たちに浄化? してもらうってのはできないのか??」
「そうだ! そういう魔法、あるんでしょ!?」
「現実を見ろ!! たとえ腐った部分を浄化したところで、頭だけになった人が生きられるか!!!?」
このゾンビからは作為的な調整を感じる。たしかに死霊術には生きた者をアンデッド化させる術もあるが、人は驚くほど脆いもの。本来ならとっくに発狂や血流不全でショック死しているはずだ。
「それは……」
「この者たちのことを思うのなら、むしろ殺してやるべき! これ以上、苦しまぬ様に」
「「…………」」
騎士の言う事はもっともだ。自分も助からないとなれば、ひと思いに殺して欲しいと思うだろう。しかし、殺す側にまわればどうか? 精神の未熟な彼らには、ゾンビ化しているとはいえ、自我の残っている者を殺してまわるストレスに耐えるのは困難を極めるだろう。
「な、なぁ……。道を通ろうとするからダメなんだ。ちょっと迂回すれば」
「そ、そうよ! 速さ自慢の人たちなら、馬をおりて間をすり抜けることだって!!」
「この暗闇の中、未舗装の草原を走るか? 単独で乗り込み、待ち構える魔族と満足に戦えるのか??」
「「…………」」
彼らが悪いわけではない。たしかに甘い部分もあるが、日本ではむしろ正常な倫理観であり、せめてもっと長い準備期間があれば……。
「進もう!」
「トーヤ……」
「俺が前に出て道を切り開く」
「……俺も付き合うぜ!」
トーヤをはじめ、速さ自慢の勇者数人が馬からおりる。彼らは勇者として限界を超えた動きが可能であり、動きの鈍いゾンビを蹴散らしながら進めば、タイムロスは最小限に抑えられるはずだ。
「あまり無理はするなよ! 本命は魔族だ。ある程度進んだら交代か休憩するのだ!!」
「それは!! ……いや、そうですね」
徐々にではあるが、勇者たちの瞳に決意が宿っていく。
「よし! 行こう。1人でも多くの人々を、救うために!!」
「「おぉ!!!!」」
トーヤの剣が輝きを放ち、闇夜を斬り裂いていく。
「よしよし、いい流れだ」
その光景を見て、騎士の口元が思わず緩む。これからの戦いはもっと苛烈になっていくだろうが、難しいのは最初の一歩。ゾンビ化しているとはいえ、ここで人を殺す経験をさせられたのは大きい。
「「!!!?」」
「なんだあの爆発は!?」
「おいおい、あれ、施設の方だろ? まさか……」
火柱が闇夜を赤く染め、遅れて爆発音が響き渡る。
「い、急ごう! こうしている間にも……」
「狼狽えるな! 向こうにも兵は居る。交戦しているのなら、まだ持ちこたえていると言う事だ!!」
「そ、そうかもだが……」
「とにかく今は仲間を信じ! 着実に進むのだ! 疲弊した状態で、敵う相手と思うなよ!!」
騎士たちもすべてを把握しているわけではない。場合によっては、魔族が主力を二ノ砦へと向ける展開も予想していたが…………この調子なら主戦力を向けたのは一ノ砦。相手を確実に討つ必要は無いが、間違っても魔族を通し王子に危険が及ぶ展開は避けなければならない。
「行ってくれるか」
「ハッ! お任せを」
騎士の一人が、数名の部下を引き連れて草原へと消えていく。
「え? 何を??」
「挟撃を避けるため、裏門にまわってもらうだけだ。我々はこのまま、注意を引き付けるためにも正面から堂々と攻め込む」
「そ、そうですか」
腐っても騎士は現場で命を賭けるエリート軍人。たとえどんな犠牲を払っても、目的の遂行を第一に考えて行動する。
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