#046 誤算と代償

「勇者コウヘー、よくぞ無事帰還した。休ませてやりたいところだが…………そのまえに状況を聞かせてもらっても良いかな?」


 主要な出口は塞がせていたはずだが、コヤツは何処から出てきたのか? 秘密の通路の方から来たようにも見えるが、(ドライが)通路を使うところでも見られたか??


「そうですね。えっと…………なんだっけ?」

「ん??」

「いや、すいません、ちょっとド忘れしちゃって」

「????」


 先ほどから言いようのない不安というか、妙な嫌悪感を感じる。ドライが突入してからしばらくたつのですれ違ってはいないはずだが、もし仮に出くわしていたなら、コヤツはドライを打ち破ったことになる。


「えっと、ほら、騎士の……」

「もしや、ドライのことかね?」

「あぁ、そう、その人です!」

「「…………」」

「襲ってきたので、殺しました。俺が」


 ドライはどうやら格下相手にぬかったようだ。アヤツの剣技はたしかに強力だが、どうにも殺しを楽しむ癖がある。悪い癖を出しているところに呪いを撃ち込まれ、返り討ちにされたのだろう。


「なるほど、しかしそれは勘違いだ」

「はぁ??」

「ドライは現在、正門から進入して内部で戦っている。キミが見たのはドライに化けた魔族だろう」

「あぁ、なんだ、それで。いや~、さすがに可笑しいと思ったんですよ。アハハハ」


 乾いた笑いを浮かべながら、互いに間合いをつめていく。コヤツもこれが嘘だと見ぬいているが、ここで無暗に攻め込めばただでは済まない。


「それで、内部の状況はどうだね? 魔族の襲撃を受けたそうだが」

「地下に居たので全体は把握していないんですけど、いちおう1体、トカゲの魔族を倒しました」

「ほぉ、素晴らしい。まさか一対一で??」


 驚いた。嘘の可能性もあるが、それでもこの時点で魔族を上回るのは予想外。それならドライが不意打ちを許したのも理解できる。


「おかげで満身創痍ですけどね」


 たしかに全身ボロボロ。それも打撃が中心であり、剣主体のドライやその部下と戦った傷には見えない。とはいえ……。


「そうかそうか。すぐに治療師を手配しよ…………う!!」

「ぐぁッ!!」


 不意打ちの斬撃で左腕を斬り落とし、赤黒い血が止めどなくこぼれ落ちる。あきらかに反応が悪かったので、すでに骨でも折れていたのだろう。ともあれここで完全に腕を潰せたのは大きい。


 腕の有無もそうだが、出血で…………っ!!!?


「なんだそれは!!!?」

「なんだって、何がですか??」

「その血だ! その禍々しい気配はなんだ!!!?」


 得体のしれない嫌悪感の正体がわかった。この勇者、"魔人化"している。ひと言でいえば『人を辞めている』わけだが、もしや、一度死ぬ事で真の能力が覚醒するタイプだったのか? 呪いを冠するなら、あり得ない話でもない。


「あぁ、これですか? これは亜人の怨念と、あとはドライの血とかもろもろですね」

「ぐっ……。者ども!!」

「「ハッ!」」


 周囲の兵士に号令をかける。幸いな事に、今回は死霊術や浄化魔法に長けた人員もいる。


「すでにコヤツは魔の深淵に堕ちている! 悪魔か何かだと思え!!」

「「ハッ!!」」

「ん~、分かっていたけど、戦力外の勇者を殺すのは作戦の内。俺の事も、生かしてはくれない感じ、ですよね??」

「当然だ」


 おおかた、フィーアから何か入れ知恵されていたのだろう。監視はつけていたのだが…………とにかく、彼女はモニス派の騎士であり同派閥に属してこそいるが、グレゴルド様に何かあった場合は代役として表舞台で活躍できる。裏切るには、充分な理由だ。


 裏切り対策もあって二ノ砦を任せたが、やはりモニス姫はグレゴルド様を出し抜く道を選ぶようだ。


「あっそ。それなら…………心置きなく、殺し合えますね」

「ふっ、殺し合いにはならないさ」

「そうですか?」

「あぁ、キミは覚醒して力に酔い知れているようだが…………残念ながら相性や戦力差は歴然。なぶり殺し、処刑ともいえる状況になるだろう」

「へぇ~。なんというか、無駄話が好きなのは、(ドライと)かわらないですね」

「っ!? 何をしている! かかれ!!」

「「ハッ!!」」

「うおっ!?」

「あ、足が、うごかない??」

「なにをしているお前たち!!??」


 前衛の兵士が次々と転倒していく。


「魔法です! ご注意を!!」

「なにっ!?」


 魔法使いの助言で、ようやく周囲に薄い霧のようなものが立ち込めている事に気づく。暗がりだったとはいえ、なぜ今まで気づかなかったのか!?


「魔法? 広義では、そうかもですね」

「呪いか……。厄介な」


 霧そのものに大した意味は無い。制御しきれず溢れた魔力が作用して起きた、たんなる自然現象なのだろう。


「祓います!!」

「浄化魔法のあとは風魔法もだ! 歩兵はそのまま待機! 近づかずに魔法と弓で攻める!!」

「「ハッ!!」」


 弓兵の数は少ないが、まぁ問題無いだろう。まずは周囲を浄化魔法で洗浄し、つぎは霧を掃う。それが終われば矢で射貫いて……。


「ぐぁぁぁ!」

「ぐるじいい」

「だすげてぇ、くだざい!」

「な、なんだいったい!?」


 倒れた兵士が苦しみだす。まさか接触していない相手まで呪えるのか!?


「す、すでに呪われています!!」

「いいからさっさと浄化しろ!」

「ダメです! 完全に呪いに侵食されています!!」

「それなら殺せ! 体を奪われるぞ!!」

「は、はぃ!!」


 完全に侵食した呪いは、簡単には浄化できない。砦には聖水の備蓄もあるが、この場にいる僧侶は、攻撃や回復に特化した軍人僧侶であり、上位の浄化魔法は使えない。


「本当に命が軽いよな。軍人として、理解できるけど」

「そんなもの、当然だ!!」


 ようするに相手はバジリスク。毒の代わりに呪いを撒き散らす魔獣で、危険を承知で斬りかかり、毒を浴びながらでも大元くびを断たねば厄災はおさまらない。


「覚悟を決めろ! 動ける者は防御魔法をかけて突撃する! 我につづけ!!」

「「おぉ!!!!」」




 不要なものを合理的に切り捨ててきた代償が呪いの勇者これだというのなら…………乗り越えるまでだ!!

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