#028 辺境の農村と覚悟
一ノ砦からほど近い農村。そこには農民たちが思いつめた表情で集う姿があった。
「もう、この村は…………いや、儂らは終わりだ」
「本当に、こうするしかないのか!?」
「出来るものなら、俺だって」
施設の食事は質素だったが、それでも飢える程ではなかった。それは他の地域から物資を送っているからなのだが、当然遠方から集めれば輸送費がかさんでしまう。そのため周囲の農村からも徴収するのだが…………ただの草原地帯、それも敵対する魔人領に面する土地で満足に農業がおこなえるはずもない。
「今年の年貢を、用意するのは不可能。そもそも、それを見越しての、ことなんだろうが」
「くそっ! せめて孫たちさえ、いてくれたら……」
彼らはいわゆる農奴であり、この危険な土地で農業に従事するよう領主から強制されている。そして与えられた土地の使用料と、国・領主に庇護してもらう代償として毎年一定数の作物を献上しなくてはならない。
そんな彼らにかせられる年貢だが、これはあえて納められない量が設定されている。限界まで搾り取り、さらに不足分として人や、わずかな貯えを限界まで吸い上げるためだ。
「帰ってくるのは遺品か、よくて腕無しだ。儂、みたいにな」
「フン! そもそも帰ってこられても、食いものなんてありゃしないっての」
まだ農民なので食いつなげているが、それでも農具や子育てにと何かとお金は必要。それになにより、人は食事をとるだけでは生きていけない。閉鎖的な環境で擦り切れる精神。生きるために子供を戦地や娼館に送り、そして惨たらしい姿になって帰ってきた子供を迎える。
「くそっ! 何が王選だ! 何が国の平和だよ!!」
「国の平和の中に、俺たちは含まれていない。なんなら街の人たちだって! けっきょく、お貴族様が贅沢な暮らしをするための犠牲に過ぎないんだ!!」
そんな限界生活の中、今年は王選もあって追加の徴収がおこなわれた。これは土地を管理する領主とは別口であり、領主も事情を加味して年貢を減らしてくれるだろうが…………そもそも権力者は、農民の実情と加減を知らない。
「もう、俺たちに
「戦って死ぬか」
すでに彼らは年貢どころか、冬を越すのも不可能な状態。そうなれば、彼らが追いつめられた鼠となるのも、必然と言えよう。
「これで、終わりにしよう」
「「あぁ」」
取り出したのは油壷。収穫前の作物の花などから搾り取ったわずかな油だが、量や燃料としての質はあまり重要ではない。
「すでに、畑は潰した」
「俺も、かたっぱしから穂を摘み取ってやったぜ!」
「あとは……」
その夜、彼は自らの家や畑に…………火を放った。
*
農村の夜を、火柱が赤く照らし出す。村を監視するために用意された監視塔に、農民が集まる。
「何事だ!」
「た、大変です! 村に、賊が入って……」
「アイツラ、かたっぱしから火をつけて!!」
「そんな!? こんな貧乏田舎を襲ったって……」
兵士は農奴が逃げ出さぬよう監視するためのもので、武装した賊や、魔族を撃退するだけの武力は保有していない。領主からすればとるに足らない農村の1つであり、金を積んで守るだけの価値は無い。言ってしまえばこの村は、トカゲの尻尾なのだ。
「す、すぐに領主様に……」
「何を言ってんだ! 早く賊を倒してくれ!!」
「早くしないと、村のみんなも!!」
「し、しかし……」
「このままじゃ、作物が! 今年の収穫が、完全になくなっちまうんだぞ!?」
「だ、だが、規則が!」
「領主様のところに行っても、どうせ責任をとらされて処刑されるだけだぞ!」
「それは……」
責任は誰かが取らなければならない。この村の警備は領主が決めたものであり、責任の所在は領主にあるはずなのだが…………そうならないのは、兵士も容易く想像できた。
「収獲は賊がまだ持っている! それさえ取り返せば! さすがに処刑まではされないって!!」
「た、たしかに…………よし! 見張りを集める! お前たちは案内しろ!!」
「あぁ、まかせてくれ」
「「…………」」
鎌や包丁を持つ手に、力がこもる。
そして村が燃えた報告は、大いに遅れる事となった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます