#044 形のない憎悪と目標

 激しく荒れ狂う憎悪と悲痛な嘆きの塊。これまでは武器を呪う形で回収してきたが、今回は違う。切断された俺の腕に直接憑依させた。3人の死体を利用したのは、本来持っている攻撃本能と、足りない肉体を補うための捕食。取り込んだ亜人の大半が獣人だったためか、捕食を基本攻撃としているようだ。


「俺の言葉、理解できるか??」

「…………」


 反応なし。喋れないのは確かにそうだが、それ以前に"あるべき形"がまだ確定していない。俺の腕をベースにしたせいか今のところ人型だが、魂は獣人であり、それも数多の種族がせめぎ合っている。


「小賢しい! こんなもの!!」

「…………」


 得体のしれない恐怖に、騎士様が影に斬りかかる。しかし影には、そもそも斬られて困るような肉体の繋がりが無い。


「なっ!? 放せッ、この!!」


 突き立てた剣に、影の体がタール(粘り気のある黒い油状の液体)のように絡みつく。斬れるし剣も抜けるが、独特の抵抗感が嫌悪感を増幅させる。


「…………」

「なんだ、なにを!!??」


 不気味に掲げられる片手。しかし、何も起こらない。騎士を宿敵として認識しているものの、まだ体の扱い方が確立していないようだ。


「まずは足を狙うといい」

「…………」


 影との精神的な繋がりを感じる。あくまで別個体なので手足のように動かすことはできないが、道筋を示すことはできそうだ。


「ッ! そうだ、こんなもの、本体さえ叩いてしまえば……」

「ふっ、まだそんな勘違いをしているのか。滑稽だな」

「なに!?」

「呪いはそれ自体に意思が宿っている。だから操る必要は無いし、俺が死んでも無くなることはない」


 広義で言えば俺の能力は死霊術になるのだろうが、死霊術は対象の意思を重視しないのに対して、こちらは対象の意思におもきを置いている。口寄せや降霊が近いのだが、それらと違って対象が大雑把と言うか(特定の誰かを呼び寄せるというより)一絡げに大量の思念を扱うものとなっている。


「ほざけ! それなら貴様の首を落としてか…………らっ!???」

「粘性で不定形なら、まずは足(機動力)を狙うべきだろ?」


 影から零れ落ちた血だまりが、音もなく騎士様の足に絡みつく。


「なんだ! 離れろ! このっ!!」


 影は明確な実体を持たないものの(霊体ではなく)液体やスライムに近い状態で、個でありながら集合体。生や死、そして"一つの存在"としての意識が軽薄なのだ。


「無駄だ、もう」

「ほざけ! この程度で!!」


 とっさに足を引き抜いて逃れるが、すでに幾ばかりかが足に絡みついて浸食を開始している。ブーツの隙間に入り込み、布のわずかな隙間を通り抜け、やがて体を食い始める。


「そいつらは王国の連中に強い恨みを持っている。ここまで育てば、際限なく育つぞ」

「なにを! この程度、浄化魔法で…………ぐぅ!? あ、足が……」


 半分ハッタリ。まだ不安定な影には時間が必要で…………俺も正直、立っているのがやっとな状況だ。しかし、すべてが嘘と言う訳でも無い。


「おわりだ」

「へぇ????」


 足に気を取られ油断した瞬間、人型の影が巨大な顎となって騎士様を丸呑みにする。漫画だと相手の体内に飲み込まれるのは生存フラグになることもあるが、実際には身動きもとれず藻掻いているうちに窒息死してしまう。


「…………」

「お食事中悪いが、このあとどうする? 戻るか? それとも……」


 いちおう元は俺の腕であり、言葉通り手足になれるはずなのだが…………影の意思は、まだ激しく荒ぶっている。


「…………」

「まぁ、そうだよな。こんなの、前菜だ」


 わずかに騎士の意識が流れ込んでくる。つまり、死んだようだ。


「おい、生きているか??」

「「…………」」


 エイミとミヤコは絶賛気絶中。こっちはまだ死んでいないようだ。


「ん~~~~。まっ、いっか」




 俺は2人を起こさず、秘密の通路をくぐる。連れていけば何かの役に立つかもしれないが…………なんか、面倒くさい気持ちが先行してしまった。

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