1年目5月・南のヤマ開拓2
「なにかいるの?」
「ああ。鹿や雉、猪なんかがな。帰りに狩るか?」
恵美が訊ねると大島桜は大真面目な顔で食糧確保を進言してくる。
武士に近い感性を持っているせいかヤマの中に潜む獲物が気になってしまうらしい。取りあえずヤマガミやヤマノケの気配ではないのが幸運だと言える。
「狩れるの?」
「まぁ、逃がしはしないだろう。此方を警戒して近付いてこないから今は放置しているが」
大島桜の返事は自信に溢れている。
今ここで恵美が頼めば鹿の一頭を引きずってきそうな気すらする。
「帰りはいいけど、行きに余計な荷物増やさないでよ」
少しうずうずとしている大島桜に
他の
「鹿と言えば、その角が大島桜ちゃんの生長素材よね」
恵美の後ろでのんびりと歩く
「うむ。一本頂ければ後は霊力を貯めるのみだな」
「え、安い」
「江戸彼岸の藁だってもう必要な数の三倍確保しているでしょうに」
「あら、そこはお母さん、と呼んでくれないの?」
恵美が数の少なさだけでお手軽さを感じて感嘆すれば横にいる方の染井吉野が江戸彼岸の素材もそう変わらないと指摘してきた。
今のサトでも田の収穫は稲百本は余裕で越えるし鹿一頭を狩るなり自然死した物を見付けるなりするのはそれなりに面倒だ。大島桜が狩りを得意としているから手軽に聞こえるだけだ。
なお、甘ったるい声で関係を主張してくる江戸彼岸のことを染井吉野は澄まし顔で黙殺している。
「あら? どうしたのかしら? 照れちゃってるのかしら? もうお年頃ね」
しかし江戸彼岸はそんな染井吉野にまとわりついてべたべたと肩や背中にタッチを繰り返す。
一見変わらずに無表情な染井吉野だけどだんだんとその温度が下がっていっているような気配がする。というか下がっている。
はたで見ている恵美の方が染井吉野の感情の低下に冷や冷やしてしまうくらいだ。
大島桜は苦笑を浮かべて振り返る、その寸前に返しかけたきびすに力を込めて体を元の方向に戻す。
「二人共下がれ!」
そして前で繁る草木を刈っていた染井吉野と志那実桜の二人に向けて叫ぶ。
駆け出した一歩の勢いを使って腰の太刀を抜き驚きで手を引っ込めた二人を追い越して刃を振るう。
その威力が最大になる一点で草むらから飛び出したモノが耳障りな音を響かせて弾き飛ばされた。
蜜緋芽が左手を伸ばして恵美の体を遮り
そこでやっと恵美が目を凝らすと岩で細長い体を構成した獣がガチガチと歯を鳴らして大島桜を威嚇している。
「岩型、テンの姿のヤマノケだな。蜜緋芽は櫻守殿の側で警戒を頼む」
「ええ。それは任せたわよ」
「応とも!」
背中越しに蜜緋芽と連携を取った大島桜は岩のテンに向かって跳躍する。
それに反応して岩のテンも素早く身を翻して太刀筋を避ける。
相手が小さいから大島桜の刃渡りの大きな刃は最初の一撃以外敵を捉えられない。
「ミツヒメ、ミツヒメ、ヤマノケなのに黒いもやもやじゃないよ?」
「別に闇だけがヤマの属性じゃないってこと。無機物で動物の象って暴れるのがヤマノケって覚えておきなさい」
恵美が初めて見るタイプのヤマノケへの疑問を蜜緋芽にぶつけると素っ気ない解説がもらえた。
今までサトに降りてきたヤマノケやヤマガミはどれも夜の闇を体の素材にしていた。
目の前のテンのヤマノケはその素材がヤマの岩だという話だ。
「じゃあ、水とかもいる?」
「風とか空気とかだと実際が見えにくくて厄介そうよね」
恵美と蜜緋芽が他のヤマノケの属性について想像している間に前に出ていた染井吉野と志那実桜がすごすごと引っ込んできた。【榮】の力しか発揮できない今の二人では戦闘の足手まといになる。
大島桜はテンに一撃を食らわせられない代わりに相手が恵美の方へとすり抜けてくる隙も潰している。
これは危険も低いと判断して二条北宮造花はいくらか結界を緩めて恵美の視界が少しクリアになる。
しかも大島桜はただ空振りを繰り返しているわけでもない。
徐々にテンの素早さにタイミングを合わせつつある太刀筋は岩の表面に刃を掠らせて僅かずつ破片を飛ばしている。
「ふむ。此処だ!」
大島桜が裂ぱくの気合を放って大振りな袈裟斬りを繰り出した。
テンは跳ねてするりとその斬撃を回避する。
しかし空中でテンは動きの方向を変えられない。
大島桜はそこを狙って一歩踏み込んで太刀の柄頭でテンの額を正確に殴りつけた。
その一撃は見た目と違って重い威力をこめられていたようで、テンの姿を取っていた岩は呆気なく砕け散る。
大島桜は太刀を一度宙で振り抜いて鞘へと納めた。
「群れを作らないヤマノケならこの程度か」
息も乱さずに戦闘を終えた大島桜は周囲に目を配って伏兵がいないか確認を取っていた。
本人の言う通り、この程度の相手なら大群で押し寄せない限り恵美を守って敵を撃退できるだろう。
「確かにこれは楽出来るわ。大物が来るまでこっちは温存してて良さそうね」
蜜緋芽も大島桜の戦いぶりにほくほく顔で頷いていた。
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