南のヤマガミ攻略編

1年目5月・看病イベント(染井吉野)

「いたいいたいいたいいたい、しぬー、むしろころしてー、いたぁいぃぃぃぃ」

 巨大な熊のヤマガミを撃退してその代償に三春瀧桜みはるのたきざくらが散った翌日の朝、恵美は酷い頭痛に苛まれて土の床の上でのた打ち回っていた。

 恵美が転がっては手足を振り乱して痛みをごまかそうとしているから竪穴住居の同居人達はみんな遠巻きに見守るしかできない。一部、心配だけでなく迷惑そうな眼差しを恵美に向けているのもやむなしである。

「まぁ、あれだけのヤマの気に間近で当てられたらこうもなるわよね」

 蜜緋芽みつひめは事情を知っているが上に傍迷惑な恵美を蹴って動きを止めさせるわけにも行かず、三つ編みシニヨンで露わになっているうなじを掻いている。

「みつひめぇ、いだいのぉ、なんでぇ。苦しいのもやだけど、いだいのもっどやだぁ」

「別に病気の症状が毎回同じなはずないでしょうが」

「ひどいぃぃぃ」

 どうやら恵美は熱を出すよりも頭痛が出る方が辛いらしい。発熱で体が重くなると動けないけれど頭痛だと逆に痛みが走る度に体が暴れてしまうようだ。

 おとなしくぐったりしてくれている発熱の方がまだしも看病がしやすい、とはこの場にいるみんなが思っていた。

「お水汲んできましたよ」

 染井吉野そめいよしの櫻媛さくらひめが甕にたっぷりと沢の冷たい水を抱えてやって来たのは、みんながうんざりとしきったそんな時だった。

「お疲れ様」

「いえ、ちっとも。私は戦闘にも参加しませんでしたし」

 蜜緋芽の言葉少ない中に気持ちのこもった労いを染井吉野はにこやかに受けて子供のように手足を振り乱す恵美を見て瞠目する。

「よくまぁ、こんなに元気ですね」

「エミは元気なほど迷惑なやつだから困るんだけどね」

「ミツヒメ、ひどいぃ」

 染井吉野は手際よく恵美の暴走する手足を受け流して沢の水を絞った布を熱を出している額と捻った足首に当てて冷やしてやった。

 ひやりと火食ほばむ体温が奪われて恵美は僅かばかりの清涼を得られる。

「うあぅ、きもぢいいぃぃぃ」

 恵美はしわがれただみ声で呻くのを見て蜜緋芽は溜息を吐く。

「みんなここにいても仕方ないし、ここは任せるから。エミ、蜂蜜分けてもらってきてあげるから静かに、人に迷惑かけないでいるのよ」

「あぁあ……お姉さんが優しい……すきぃ」

「はいはい」

 熱を出そうが頭痛に苦しもうが変わらない恵美の態度を右から左へ受け流して蜜緋芽はその看護を染井吉野に任せた。

 とは言え、栄養のあるものを摂らせたり体が冷えないようにしたりと言った手当てが可能な発熱と違って、頭痛では患部を冷やすとその取り換えくらいしかできることもない。

「みづは、こちに来よ」

 いつもの好奇心で痛みに震える恵美や布を絞る染井吉野の手元を見ていた妹をいろはが呼び寄せる。

 いろはは自分で妹と弟にも名前を付けていた。

いつも元気でちょこまかと動き回り最近は恵美の後をくっ付いて回っている妹ちゃんは、みづは。

 今も変わらずお姉ちゃんの腰に抱き着いて離れない甘えん坊の弟くんは、すゑは。

 瑞々しく生命力溢れる夏の葉と、いつまでも木から放れようとしないで木枯らしに揺れる冬の葉から付けられた名前である。

 いろはの、は、は元々助詞であるけれども、色の葉、つまり秋の葉にも取れるので姉弟三人で季節の葉で繋がりがある。

 みづははその言葉に素直に従ってちょこちょこと恵美から離れてお姉ちゃんの方へと向かう。

 その小さな背中に恵美が未練がましく手を伸ばすのに、いろはは冷たい眼差しを突き付けるけれどそんなことで牽制できるなら恵美は別に迷惑な存在ではない。

「恵美さん、具合が悪いのですからおとなしくしていましょうね」

「だって、だって、いたくてぇ」

 普段から喧しいこの女、向こうの世界では病気知らずで体調が悪くなった時におとなしく寝ていればいいという常識が備わっていない。痛みに任せて暴れ回るしか対処法を分かってないのだ。

「月のものとかで頭痛くらいは経験ないのですか?」

「生理でこんな痛いとか拷問なんじゃ……?」

 それどころか恵美は生理痛すらほぼ知らないと言う。優良健康児がすぎる。

 これには染井吉野も苦笑いだ。

「いっそ眠ってしまいませんか?」

「この痛みの中でどうやって……」

 眠ってしまえば痛みも感じなくなるのはその通りだけど、そもそも眠ろうと思ったって頭に響く痛みが意識を刺激して眠らせてくれない。

 そんなふうに不満そうにする恵美に染井吉野は微笑みかけて、ぽん、とお腹に手を置いた。

 そこから、ぽん、ぽん、と緩やかなリズムで刺激を与えてくる。

 その手が送ってくれる響きに身を委ねていると恵美は暖かな夢波ゆめなみに沈んでいくような気持ちになってくる。

 そこに優しい声音の子守唄まで加えられたから、恵美は染井吉野の目論見通りにまぶたがゆっくりと重たくなっていく。

「あら、寝てるの?」

 蜜緋芽が蜂蜜を持って帰って来た時には、恵美は赤ちゃんのようにすやすやと染井吉野の膝枕で眠っていた。

「じゃ、起きたら舐めさせてあげて」

 蜜緋芽はただでさえ恵美が横たわって場所を取っているのに自分まで居座って邪魔しては悪いからと蜂蜜を染井吉野に預けてまた外に出る。

 ちょうど太陽は真南から日射しを投げかけていて、蜜緋芽は睨むようにしてその光の下にある山に目を向ける。

 そこには微かにだけれどヤマに逃げ帰ったヤマガミの気配が感じられた。

「そっちに自我とか意識とかないのは知っているけど」

 蜜緋芽はおもむろに人差し指を南のヤマに突き付ける。

「それでも、三春瀧桜を散らしたことも、うちのエミを苦したことも」

 そしてその手をぎゅっと握って親指を真下に突き下ろして宣戦布告をする。

「落とし前は付けさせてもらうからね。覚悟しておきなさい」

 いつか、必ず、打倒する。蜜緋芽は届きもしない決意を胸の内に赤々と燃やしていた。

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