1年目4月・櫻媛の詳細説明

 蜜緋芽のスタイルをいじって怒られた恵美はさておき、『櫻媛PROJECT』に掲載されている情報はまだまだたくさんある。

「恵美さん、能力値の項目を長押ししてみていただけますか。さらに細かい項目が出てきますので」

「んと、こう? あ、ほんとだ。てか、細か」

 恵美が一目見て目を眇めるくらいに多くの文字が羅列してきたのは【さかえ】の下位項目だ。

 〔農〕/〔士〕/〔工〕/〔商〕/〔芸〕/〔政〕/〔信〕/〔学〕と八つの項目にそれぞれパーセンテージで数字が添えられている。〔農〕が21%、〔商〕が20%で残りは軒並み10%になっている。

「能力値はそれぞれ実際値のパーセンテージで計算されて効果を発揮します。【榮】の実際値はそれぞれの分野でサトの成長を促すことを表しています。サトの現在の文明度ではなく、人々の成長への補正であるのは注意が必要かもですね」

 コノハナサクヤが詳しく説明してくれたけど、恵美はほとんど意味が分からなくて聞き流している。なんとなくどんな分野なのかくらいは感じられるので許してもらえるとか勝手に思い込んでいる。

「他もこんなに多いの?」

 あんまり多いと覚えきれないなと思いつつ今度は【まもり】を長押しする。

 ちなみに恵美の心を読み切っている密緋芽はどうせ覚える気なんてないくせにと白い目を向けているが口には出さない。そんなことをしたらまた恵美が心が通じ合っているとか言い出して騒ぐのが目に見えている。

 【衛】の下位項目は〔攻〕/〔防〕/〔癒〕/〔援〕の四つで分かりやすく戦闘行動に見られた。蜜緋芽は全部が25%と完全に横並びだ。

「見て分かるやもしれませんが、【衛】のうち、〔攻〕は敵を討つ力、〔防〕は敵からの攻撃を防ぐ力、〔癒〕は傷を癒やす力、〔援〕は他の櫻媛の戦闘能力を底上げする力です」

 コノハナサクヤの説明も恵美が思った通りで、分かりやすくて良かったと胸を撫で下ろす。

 よし、この勢いで【いのり】も見ていこうと恵美は最後の一つに指を当てる。

 【祷】の下位項目は容/蓄/恵と三つだけだった。蜜緋芽は容が40%、蓄が30%、恵が30%となっている。

「【祷】の実際値のうち、〔容〕は櫻媛が保持出来る【霊力】の最大値を決めます。具体的には【祷】の数値に〔容〕の実際値を加えた値ですね。〔蓄〕は櫻媛が一日に蓄積出来る【霊力】の量です。〔恵〕は逆に櫻媛がサトや他の櫻媛に一日で与えられる【霊力】の量です」

「櫻媛同士でも【霊力】をあげられるの?」

 櫻媛の間で【霊力】をやり取りする意味がピンとこなくて恵美は首を傾げる。

 コノハナサクヤは鷹揚に頷いてその疑問に答えた。

「そもそも【霊力】がなくなると櫻媛の依り代となる木は枯れてしまうのですが、苗木を植えた直後も櫻媛は【霊力】を持ちません。ですが、ヤマに入る時などその櫻媛の力を急いで借りたい時などは先に植えた櫻媛から【霊力】を融通すればいいのですよ」

「え、櫻媛枯れちゃうの!?」

「今更そこ? 桜が上手くこの世界に根付かなくて枯れるから世話係で恵美が呼ばれたっていったでしょうが」

 そもそもの発端、最初に説明された自分の役割の必要性をすっかり忘れて新鮮に驚いてみせた恵美に蜜緋芽は間髪置かずに呆れからの苦言を寄せる。

 それに対して恵美はどこか嬉しそうに、えへへ、と照れて頭を掻く。

「また、依り代の桜が咲いている状態を〔花御代はなみよ〕と言いますが、〔花御代〕の間の櫻媛は〔蓄〕による【霊力】の自然増加起こりません。逆に毎日一定割合の【霊力】を消費してしまいますので、〔花御代〕を維持するのにも他の櫻媛からの〔恵〕による【霊力】の供給が重要になりますね」

「む、むずかしい……」

 今にも頭を抱えそうな恵美にコノハナサクヤは優しく微笑みかけて、ゆっくりと覚えていけばよろしいですよ、と気遣ってくれる。

 その代わりではないだろうけれど、さらに〔花御代〕と開花していない状態である〔休眠〕の説明が重ねられたが。

 櫻守である恵美は最大で十体までの櫻媛を任意に〔花御代〕状態にできる。これは本来のサクラの開花時期を無視して開花させられるのだ。

 〔花御代〕の櫻媛だけがヤマで活動可能で、さらに【榮】の能力値が二倍になる。その代わり先程コノハナサクヤが言った通りに毎日【霊力】を消費して、しかも〔蓄〕による【霊力】増加は発生しない。

 〔休眠〕の櫻媛は当然逆に、毎日の【霊力】の消費は発生せず、〔蓄〕の実際値だけ毎日【霊力】が増加する。それに加えて櫻媛の本来の【霊力最大値】を越えても【霊力】を蓄積できる。その他には土地から栄養を吸収して能力値が成長することもあるらしい。

 〔休眠〕から〔花御代〕になるのは即座に切り替わり一気に桜は満開になるけれど、〔花御代〕から〔休眠〕に移行するには数日をかけて花が散っていく。その移行期間はどちらのメリット・デメリットも発生しない空白の期間になるという。

「つまり〔花御代〕の櫻媛は実行部隊、〔休眠〕の櫻媛はそれを支える補給部隊って感じね」

 最後に蜜緋芽が腕に抱いた少女に向けてそうまとめた。

 あえて恵美に向けて行ってくれないのがつれないけれど、クールでそれはそれでいい、と恵美は胸をじんわりとときめかせる。

「あとこっちだけは特別にずっと〔花御代〕状態でいられるから。【霊力】を毎日消費したりしないし、【霊力】の自然増加も毎日発生するし」

「なんで?」

 蜜緋芽が自分だけは特別だと言うので恵美がその理由を訊ねるのも自然の成り行きだ。

 その点についてはイワナガが久しぶりに口を開く。

「お前さんへの加護は、その櫻媛を通じて授けておる。そのお零れじゃな」

「わたし達、通じ合ってる?」

 恵美が嬉しそうに訊ねてくるから蜜緋芽は素直に頷けずに溜め息を零してしまう。

「一蓮托生ではあるわね」

 一人くらいはいつでも実力を発揮できるようになっていないと、もしもの時に困るというのもあるので女神達からの配慮でもある。ヤマの災害に発生した時に全ての櫻媛が【霊力】不足で対応できずに恵美が倒れるなんて事態は避けたいのだ。

「他にも櫻媛の品種や謂れも確認出来ますが、それより大事なのは櫻媛の『生長段階』と『特性』ですね」

 続いてコノハナサクヤは『生長段階』というものから説明する。

 『生長段階』は『幼木』『成木』『巨木』『神木』と分かれていて、櫻媛は苗木を植えられた時は必ず『幼木』である。

 『生長段階』が上がる度に櫻媛は大幅に能力値を上昇させて、時には『特性』が追加される。ヤマの奥に踏み込むほど脅威は増えるので、強い櫻媛、つまり『生長段階』を上げた櫻媛を連れて行くのが望ましい、と伝えられる。

「ただ、櫻媛の『生長段階』を上げるのはなかなか大変なことです。まず『生長段階』を解放するには同じ種類の櫻媛の苗木を一段階につき一本ずつ捧げなくてはなりません。それに加えて実際に『生長』させるには大量の【霊力】と櫻媛ごとに指定されている素材を消費しなくてはなりません」

「つまりお姉さんの進化」

 その『生長』をしたら美人なお姉さんがさらに美人になるのかな、とか見当違いなことを恵美が考えているのに蜜緋芽は気づいているけれど頑張って無視する。余計なことを言ったが最後、話が進まなくなるのをこれまでの経験でよく分かっていた。

「『特性』の方は櫻媛がそれぞれに持っている特徴を表しています。【霊力】を消費して一時的に効果を発揮するものと【霊力】の消費なしで常に効果を発揮しているものがあります。蜜緋芽桜の【祷】の能力値や〔農〕の実際値が上昇しているのも彼女の『特性』による補正です」

「ほうほう」

 恵美はコノハナサクヤの説明を聞いて蜜緋芽桜の『特性』をタップして一覧を出した。確かに【祷】を上昇させている『祝福』と〔農〕を上昇させている『共生〔農〕』という『特性』がある。その他に一時的に【衛】の四つの実際値全てを上昇させる『守護者』と蜜蜂と蜂蜜を獲得できる『蜜花』というものもあった。

「つまりお姉さんは『共生』がなければ本当に真っ平なステータススタイル

「あんた余計な副音声付けてんじゃないわよ、ぶっ飛ばすわよ」

 人の体型を揶揄してくる恵美に蜜緋芽はこめかみに青筋を浮かべる。

 しかし言って分かるのなら、恵美はおばかではないのである。

「だいじょうぶ、お姉さんはつるぺたじゃなくてスレンダーだから! それもまた女らしい最高なスタイルだから! わたしは抱けるよ! いや、むしろばっちこい! ご馳走です!」

 蜜緋芽はゆっくりとイワナガに近寄って抱えていた少女を受け渡した。

 迷惑そうに顔をしかめながらもイワナガが少女を受け取ると蜜緋芽は土を蹴って瞬時に最高速度まで加速してその勢いを右手の拳に乗せて恵美の脳天に叩き付けた。

 一撃でたんこぶを作って気絶した恵美を見下ろして蜜緋芽は勇ましく、ふん、と鼻を鳴らした。

「気色悪いことを大声言うんじゃない、このおばか」

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