1年目4月・櫻媛の能力値
「本能だけで行動するな、このおばか!」
「ごめんなさい、至って真剣だったんです!」
「なお悪いわ!」
いつもながら本能と欲望に脊髄反射レベルで突き動かされた恵美を草の上で正座させて
反省するつもりはあるようで仁王立ちする蜜緋芽に向けて恵美は頭を下げて旋毛を見せている。そうして丸まった恵美の背中を山に見立てたのか、一緒に来た少女は楽しそうに登っては滑り落ちてきゃっきゃっと声を上げていた。
「話がちっとも進まんのぅ……まともに進んだこともないがの」
しょうもない場面を見せられてイワナガはもう疲れ切った顔をしている。
このままでは今日は何も始まらないままここで終了となってしまうと見た蜜緋芽は仕方なく説教を切り上げてけじめとして恵美をキッと睨み付ける。
切られたメンチに恵美が嬉しそうに顔を恍惚とさせたので、密緋芽は恵美の背中をよじ登っていた少女を優しく抱き上げた後に無防備な背中を蹴って恵美を草の上に転がした。
「あぁんっ」
密緋芽は無垢な少女を出来る限り高く掲げた上で上半身を捻って妙に艶めかしい声を上げる恵美から隠すと同時に遠ざける。
「そこの女神、にこにこ見てるんじゃなくて話を進めてくれない? このおばかが際限なくセクハラかますから」
「そうですね、役目を果たさなくてはあちらの世界から来て下さった恵美さんに申し訳が立ちませんね」
恵美の暴挙を止めるでもなくただただ見守っていたコノハナサクヤも蜜緋芽から非難を受けてようやく会話の手綱を取る気になってくれた。
「それでは
「はーい。ちょっと待ってね」
蜜緋芽に暴力を振るわれても全くめげなてない恵美は至って元気に返事をしてタブレットの画面に指で触れる。
そして神の造ったアプリケーションを起動させて開いた画面に浮かんだ文字をそのまま読み上げる。
「櫻守レベル
「弱々だからサトで一日活動しただけで熱出して丸一日寝込んだんでしょ」
心外だと声を高くする恵美に蜜緋芽は冷たい声で現実を浴びせる。
恵美は呼吸三つ分くらい沈黙した後にバッとキメ顔を作って蜜緋芽に向けた。
「わたし、伸びしろがある!」
「はいはい、あるある。黙って説明を聞きなさい」
恵美の思考に付き合っていたらいつまで経っても本題に入らないと理解している密緋芽はかまって欲しそうな恵美を雑にあしらうだけに留める。
さっきから抱き上げたままの少女が三つ編みシニヨンに手を伸ばしてふわふわな感触を楽しんでいるのにも全然動じていない。
「コノハナサクヤもさっき言っとったが、わしらの加護が体に馴染んでゆけば自然とその数値も上がってゆく。気長に見よ」
逆にほんの少しでも落ち込んでいた恵美にイワナガがフォローを入れると、恵美は、にまぁ、と目と口の形をはっきりと変える。
「もー、お婆ちゃんってば、いつも塩対応してるのにそんな心配してくれてるんだねー。ふふふ、ちゃあんと分かってるよー?」
「小憎たらしい小娘めが」
恵美の生意気な言葉と態度に苦虫を噛み潰したような顔になったイワナガはそれっきり黙ってしまった。
老婆にそんな顔をさせておきながら恵美は満足そうにしている。
「ていうか、なんかゲームっぽいね?」
「この方が恵美さんの世代には分かりやすいかと思いまして、イワナガが作ってくださいました」
コノハナサクヤの何気ない暴露に恵美と蜜緋芽が揃ってそっぽを向いたイワナガに視線を集中させた。
そのまま二人してじっと見つめ続けるとイワナガは耐え切れなくなって怒声を上げる。
「ああもう! わざわざ余計な事を言うでないよ!」
イワナガの罵倒を浴びてコノハナサクヤは綺麗な微笑みで鈴を転がすように喉を鳴らす。
「お婆ちゃんよりも女神様の方がこういうの得意そうなのに」
「わたくしは神器を動かす霊力を与える担当なので電源の役割ですね。プログラミングはイワナガの役目になっているのです」
恵美が驚くのも不思議ではない。老人というのは得てして機械に弱いというのが世間一般の見解だ。それに比べたらうら若い見た目のコノハナサクヤの方がデジタルに強そうだという感想も抱いてしまうだろう。
コノハナサクヤの解説を継いでイワナガが不機嫌に鼻を鳴らした。
「はん。それの元の持ち主と見た目の歳が近いせいかね、こっちに知識が流れてきただけさね」
それでもアプリケーション内のデザインはイワナガのセンスと思いやりで決められたものだ。どれだけ口汚く突き放そうとしたって実物はそこにある。
「お婆ちゃん、なんて綺麗に型にはまったツンデレなの」
「悪いけどこれは恵美を叩く理由に出来ないわね」
恵美と蜜緋芽の視線が生温かく変わってイワナガは止めろとばかりに眉間に皺を寄せて眼力を強くする。
一応、蜜緋芽だけでなく恵美にもそんなお婆ちゃんのなけなしの見栄を慮って視線をコノハナサクヤに移すくらいの気遣いは持ち合わせていた。
「櫻守である恵美さんについては確認出来るのはレベルくらいですね。その代わり、櫻媛やサト、ヤマの潜在能力や現状の確認、それに既知の情報も見られるようになっています。今日は櫻媛の説明をしますので、『櫻媛一覧』を選んでください」
恵美がコノハナサクヤに言われるままに該当欄をタップすると、唯一『蜜緋芽桜』という項目だけが表れた。
「これ、ミツヒメ?」
「他にどこに櫻媛がいるのよ。訊かなくても分かることを一々確認しなくていいのよ」
蜜緋芽に素っ気なくされて恵美は、すん、と表情を落としてしまう。
それでも取りあえずは中身を確認しないといけないと思って蜜緋芽桜の名前をタップする。
するとまず目を引いたのは【
「これは、ミツヒメの能力値? 内容よく分かんないけど」
「その通りです」
恵美の疑問ににこやかに答えてくれるのはもちろんコノハナサクヤしかいない。
コノハナサクヤが説明するには。
【祷】は『櫻媛の霊気を蓄える』能力である。霊力はヤマに満ちる気でありサトに活気を齎すエネルギーでもある。ヤマの災害を起こす霊気を吸収して蓄えて櫻媛やサトへと授けるという櫻媛がこの世界に呼ばれたそもそもの目的に直接関わる能力値だ。
【衛】は『ヤマからの災害を祓う』能力である。櫻媛の戦闘力とも言えるもので、サトに襲い来る災害を真正面から受け止めて、弾き返すための力の数値だ。
【榮】は『サトを栄えさせる』能力である。蓄えた霊力をサトの土地に染み込ませてサトに住む人々が文化を発展させるのを後押しする能力値になる。
恵美はふむふむと頷いた後に、ずっとタブレットの画面に向けていた顔を上げて蜜緋芽の体に不躾な視線を送る。
「お姉さんのスレンダーなスタイルを表現しているかのように綺麗に並んだ能力値だねったーい!」
「チッ」
蜜緋芽は少女をずっと抱き上げていたせいで恵美の口を黙らせるのが遅れてしまって聞えよがしに舌打ちをする。ちなみに手が塞がっていたので恵美の足を本気の力で踏ん付けてやった。
「ひどい! 本当のことなのに! 具体的にはプラマイゼロ、マイナス六、プラス一!」
「……うわ、数字が合ってるのキモいんだけど。本気で引くわ」
蜜緋芽が変態的な目の良さを発揮した恵美の視線を遮るようにもう一度上半身を反らして抱きかかえた少女の姿を隠す。
蜜緋芽はなんでこういらないところでばっかり人並外れた能力を見せ付けるのかと白い目を向けても、恵美はなんで怒られるのか全く分かっていないでぷんすこと頭から湯気を沸かしていた。
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