1年目4月・女神達からの説明第二弾
恵美が少女と一緒になってきゃいきゃい笑い声を
その光景を数歩後ろから付いて行く
「なんだい、遠くからでも煩い小娘共だね。耳が痛くなるじゃないか」
遠目で見るなりそんな憎まれ口で三人を出迎えたのは皮膚が硬く皺が寄っている老婆のイワナガだ。
「お婆ちゃん、おはよー。昨日は熱で死ぬかと思ったんだよー。あ、もしかしてわたしが生きてるのってお婆ちゃんのお陰?」
「さてね。体の再生力も免疫力も高めてやってるのは確かだよ」
「やっぱりー! ありがとう、お婆ちゃん! 大好き!」
「だぁ! 抱き着くな、暑っ苦しい小娘だね!」
恵美はやっぱりとか言っているけれど、今イワナガの姿を目に留めて閃いただけだ。でもその閃きばかりは余計なことも含めてよく真を当てるのが恵美である。
それに抱き着けるなら理由なんてなんでもいいのだろう。丸一日置いた老婆との触れ合いを全力で楽しんでいる。
そんな恵美の姿を一緒について来た少女が不思議そうな眼差しで眺めている。
「ああ、そういえば神霊はヒトに見えないんだっけ?」
蜜緋芽は、少女から見て恵美が空気に抱き着いているように見えて不審がっているのかと見当をつけて何気なく呟く。
しかしイワナガは少女に向けて目を細めると、はん、と鼻を鳴らした。
「いいや、そっちのがきんちょはどうやら見える方らしいね。ま、こんな年食う前にみんな死んじまうから見たことない生き物にでも見えてるんだろうね」
イワナガはそんな説明をして恵美を無理やり引き剥がし、少女に向けて枯れ枝のような腕を伸ばす。
すると少女はイワナガの言葉が真実だと証明するかのように自分からイワナガの手を先に取ってにぎにぎと感触を確かめていた。その目はイワナガの手をまじまじと見て、また手に伝わる今までに触ったことのない固まった肌の感触に好奇心で輝いている。
「お婆ちゃん、やっぱみんなに見えてる説ない?」
「いえ、その子が特別神秘を見る目を持っているだけで、多くの人はわたくし達の存在に気付きませんよ。でなくては、わたくし達はサト中で崇められて供物やら社やら捧げられるでしょう」
恵美は自分に答える声が頭上から降ってきたのに目を丸くして首を反らした。
空を覆うほどに伸ばした大樹の枝にコノハナサクヤが手をかけて佇んでいて、恵美はまた別の意味で目を見開いた。
「わ。そんな高いとこ、危ないよ」
「平気ですよ。ほら」
女神の心配をする恵美を少しからかうように微笑んでコノハナサクヤは手と足を枝から離す。
あわや落下とすると恵美がわたわたと腕を伸ばしてコノハナサクヤの下に駆け寄るけれど、女神の体は重力が失われたかのようにふありと浮かんでゆっくりと危なげなく降りて来る。
「すご」
「神ですので、これくらいは」
言葉はあっさりとしているけれど、コノハナサクヤの顔はちょっと得意げに見える。
「なにしてたの?」
「
コノハナサクヤは予想外の収穫に満足そうに微笑んでいる。
その気持ちを親身になって共有するのは、イワナガではなく蜜緋芽だった。
「エミをこっちに呼ぶのに全部の花珠を一度使い切ってたもんね。しばらくは花付きが見込めないかもって暗い顔してたのが杞憂になって良かったわね」
「ええ、本当に。ふふ、恵美さんがいらっしゃる前になんとか最低限の数が揃ったのに胸を撫で下ろしていたのが今思うと滑稽でした」
昔の不安だった自分を笑い飛ばしてコノハナサクヤは明るい顔を咲かせる。
そんな嬉しそうな天女のような佳人を目の当たりにすると恵美も嬉しくなって顔をにやけさせるし、イワナガ以外のみんなが柔らかい表情になるのに共感性が働いたのか少女もえくぼを作っている。
「でも恵美さんは昨日随分と苦しまれたそうですね。元気になられて良かったです」
「わたしも初めてあんな熱出して寝込んだから、ちょっと怖かったです」
昨日の死にそうな辛さを思い出して恵美は自分の体を掻き抱いてぶるりと震える。
そんな恵美の、ちょうど手の届く太股を少女は撫でて慰めてくれた。
「やだ、そんなとこ触っちゃって、お嫁にしてくれるのっぐぁ!?」
性懲りもなく幼気な少女に魔の手を伸ばそうとする恵美の後頭部を、蜜緋芽は拳でぶん殴って制裁する。
見慣れたくもないが一日で見慣れてしまった光景にイワナガがやれやれと緩く首を振った。
「ま、これから何度も味わう苦しみじゃから覚悟せい」
「え」
イワナガから大したことじゃないとばかりに告げられた言葉に恵美は一瞬で凍り付く。
「え、だって、ちょー苦しかったよ、あれ。冗談抜きで人生一の苦しみだったよ」
「ヤマに入るとはそういうことじゃ。何度も入ればそれだけ体に負担が掛かり、ある時突然病魔が命を蝕む」
「えぇ……」
そんな脅さないでほしいと恵美は足で草を擦って後退りする。
「しかもそのヤマに入らないと桜の世話する資源が集まらないっていうね」
「そうなの!?」
更に蜜緋芽が追い打ちをかけてきたので恵美は絶叫した。
「あんた、こんななんもないサトで何が揃うと思ってるの? 食料も山ん中入って採って来てるのよ? ホームセンターなんてこっちにはないんだから」
「あぁ……」
蜜緋芽からぐうの音も出ない正論をぶつけられて恵美は頭が真っ白になる。脳が完全に現実を拒否した。
「それはその通りですが、恵美さんはしばらくはヤマに入らないでくださいね。見たところ体はまだこちらの世界に慣れていないようですので、サトでの活動が限界と思われます」
「必要なものがヤマにしかないのにヤマに入れないってそれ無理ゲーって言いません?」
「花珠と同じで、体の強度の方も次第に強くなりますから。わたくしの命を栄えさせる加護とイワナガの命を永らえる加護が馴染んでいけば、最終的にはこちらの人々よりも頑健になるはずです」
「……それ、神様感覚でものすごい時間がかかることを言ってません?」
恵美が不安を口にすると、コノハナサクヤは全く否定せずににっこりと笑って無言の肯定を返してくる。
それは逆に絶望となって恵美の心にずどんとのしかかってくるのだけど。
「どっちにしたってエミ一人で全部は無理なのは最初から分かってるわよ。桜の世話だって一本二本じゃなくて、それこそサト中に植えるんだから。みんなに協力してやっていく前提よ。ヤマに入るのも、エミはサトに残して櫻媛だけで行けなくはないし」
ここで立ち止まれても困るからと蜜緋芽が具体的に恵美一人で全部背負わなくていいと説明してくれる。
恵美はそれでも安心していいのかどうか分からない曖昧な気持ちを持て余して、ぐにゃぐにゃと何とも言えない表情になってしまう。
「差し当たって、そこの
イワナガに顎をしゃくられて恵美は足にまだ足にくっ付いている少女を見下ろす。
恵美がじっと見詰めると、何にも分かっていない無垢で透き通った瞳が真っ直ぐに見詰め返してくれる。
「好き」
恵美はそこから予備動作なしで屈んで少女の小さな体をぎゅっと抱き寄せる。
そんな捕食者の横暴を見逃す
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