1年目5月・大島桜顕現

 墓地は最初から櫻媛さくらひめを植樹できる地点だ。

 しかし恵美は心理的抵抗からそこにどの桜を植えるのか、そもそも桜を植えるか否かでずっと悩んでいた。

 しかし今はいち早く櫻媛の数を増やしていかなくてはならない。

 それで恵美はこの日初めて墓地を実際に見てみることにした。今日はみづはも言葉の授業をお休みして蜜緋芽みつひめと手を繋いで一緒に来ている。

「ところでなぜわたしはみぃちゃんとお手て繋がせてもらえないのでしょうか」

「事案が発生するから」

「くっ……」

 幼女に対して不適切な感情を抱くのを見透かされて恵美はみづはとの触れ合いを阻まれている。

「いいからあんたは確認しなさいよ」

「はーい」

 蜜緋芽に促されて恵美は一人墓地の方へと足を進める。

 このサトの墓地は集落の中心にある。正しく言えば墓地を真ん中にして周辺に住居が一つずつ円を描くように建てられていって今の様相となっている。

 墓地は周囲と違って草が生えていない。恵美がひざまずいて土に触れると柔らかく崩れた。それはつい最近にも掘り返されたということでありそれはすなわち最近死んだ誰かが葬られたということだ。

 以前にいろはが教えてくれた通りならそれは二週間ほど前に亡くなった彼女たちの母親ということになる。

 恵美が触れている土は少し湿気って冷たいだけでそこらで掘り返したものと全く変わらない。だからそこに死んだ命の冷たさとか寂しさとかを感じるのは単に恵美の感傷でしかない。

 けれどそう感じてしまうから恵美はここにどの桜を植えてもそぐわないんじゃないかと悩んでしまう。

 うつむいたまま動かなくなってしまった恵美の横にちょこちょことみづはがやって来た。

 そして恵美の真似をしてちょこんとその場に座りこんで土を掬って手のひらの中で崩している。その柔らかさを確かめた少女は蜜緋芽の方へと駆け戻る。

 恵美はその姿をぱちぱちと瞬きをして目で追っている。

 みづはは蜜緋芽に飛びつくと体重を使ってその手を引いてどこかと連れていこうとする。

「なに? どこに行きたいの?」

 蜜緋芽は少女が力いっぱい引っ張っても身じろぎもしないで見下ろしている。

 恵美を残してどこかへ行くつもりが全くないのだ。

 それを感じ取ったのかみづははいったん蜜緋芽を手離してなにかジェスチャーを始める。

 その動きは恵美が桜の苗木を地面に突っ込む様子に見えなくもない。

「んー、桜を植えたい?」

 蜜緋芽が意図を訊ねるとみづはは、パッと顔を輝かせてまた蜜緋芽の腕を引っ張り出す。

「エミ、この子は桜を植えたいみたいよ」

「おぉ……やる気満々ですな」

 ここ、お墓だよ、と恵美は思わなくもない。しかもみづはのお母さんが埋められたばかりだ。その辺りの情緒ってどうなってるんだろうと疑問には思うけれどみづははまだ言葉を喋れないから態度から察するしかない。

「ほら、ここに植えた櫻媛は墓守代わりにもなるでしょうし」

「それはまぁそうかもだけど」

 死者の眠りを見守るという意味では櫻媛にいてもらうのもいいことかもはしれない。

 そんなことをみづはが考えているとは思わないけど恵美自身の胸のわだかまりを少しは減らすのには役に立つ。

「うーん……皆さんの祖霊を護ってくれるくらい強い櫻媛が来たら植えるか」

「ひよったな」

 結局結論を先延ばしにして恵美に蜜緋芽は間髪入れずに冷たいツッコミを浴びせかける。

 恵美も引け目はあるようで口答えもできずに顔をそらしてしまう。

「とりあえず今日は大島桜おおしまざくらさんをどこかに植えたいと思います」

 これ以上の追撃を逃れるためにも恵美は大声で言い切って今日の予定を決断する。

 蜜緋芽はその情けなさに肩をすくめて見逃してあげた。

 そこから一行は今日も木鋤を担いで行動を開始した。ちょっと楽をして植える場所は女神たちの大木が生えるところにほど近いところにする。

 江戸彼岸えどひがんから戦闘に秀でた櫻媛だと聞いているので恵美も期待を膨らませて苗木が伸びていくのを見守る。

 そして姿は現したのは正に源氏の若武者といった風体の面持ちには幼さが残るものの背丈も高く雄々しい櫻媛だった。

「やあやあ我こそは源氏に縁の白旗桜たる大島桜よ! 遠からん者は音に聞け! 近からん者は目にも見よ! 今はかように年若き身なれど戦に引く事は無きと知れ!」

 大島桜の櫻媛は顕現するなり凛々しく銅鑼声を響かせて恵美たちに酷い耳鳴りをお見舞いしてくれた。

 三人はそろって両手で耳を抑えた上で声の衝撃で眩暈を食らって頭をふらつかせている。

「おや、これは失礼」

「その大声が失礼だと知ってるなら至近距離で張り上げるんじゃないわよ……」

 人間よりは頑丈な蜜緋芽だけがどうにか素早く意識を取り戻して爽やかに謝罪する大島桜に弱々しく苦言を漏らす。

 しかしその第一声でわかるとおりに力が溢れた櫻媛であり腰には太刀をはき動きやすさを重視した布の衣装ではあっても戦に望むに相応しい厚手で防御に優れた格好をしている。

 これは確かに戦闘で頼りになる男らしい若武者だ。もちろん、櫻媛であるから女性の体で顕現はしているのだけれど王子系と言われる耽美な姿だ。

 これはまた恵美が騒ぎ出しそうだと蜜緋芽がちらりと見ると本人はまださっきの大島桜の一撃で目を回している。

 よし、と蜜緋芽は内心でガッツポーズする。

「先に行っとくけどそこの櫻守が手あたり次第に女に手を出すから、そんな時はまた大声で気絶させて止めてね」

「言われる方も言われる方だが、儂を呼んだ目的はそれではなかろう?」

 真っ先に恵美によるセクハラ防止の戦力として期待してくる蜜緋芽に大島桜は呆気に取られている。

 だけどそれが間違っていなかったと復活の早い恵美に手を取られた大島桜はすぐに理解する。

「なんてカッコいい王子様! お美しいお姿を見られてわたしも大感激です! どうかわたしを末永くお側に置いてくださいませんか!」

 勢いこんだ恵美の告白に大島桜は目を丸くする。初対面で口説かれるというのがあまりに予想外だったのだろう、すっかり固まって動かない。

「ところでそれ、あの江戸彼岸の一押しの相手だけど」

「ふぁ!?」

 手を出すには危険すぎる相手がすでに顕現しているのを蜜緋芽から思い出させられた恵美は悲鳴を上げて大島桜から手を離す。

 そしてきょろきょろと辺りを見回して今の姿が江戸彼岸に見られてないか確認した。

 だいじょうぶ、江戸彼岸を植えた場所からは真逆の方角だと言ってくる自分の胸の内の言いわけが全くの気休めにならない。

「ああ、彼女がもういるのか」

 大島桜も心当たりがありすぎるのか江戸彼岸の名前を聞いて遠い目をした。その辺りも含めてこれからは恵美の暴走も少しは鳴りを潜めてくれるだろうかと蜜緋芽は淡い期待を抱いてしまった。

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