1年目5月・すぐに必要な物
今日の植樹も終わってまた沢をサトヤマへと造り変える作業へ行く前の一休みで恵美は
「サトを発展させるのに早急に必要となるものがあると思うんです」
恵美の目の前にいる方の染井吉野は真面目くさった表情で人差し指を立てている。
恵美はそんな学校の委員長と呼びたくなるような顔をまじまじと見た後に、つい、と横に顔を向ける。
「あいうえおあお。あいうえおあお」
「あー、いぅー、うー、ゑー、おー、あおー」
「そうそう上手上手。あいうえおあお」
恵美が視線を向けた先ではみづはに発声練習を指導して手を叩いて褒める染井吉野がいた。あちらは児童館ボランティアに勤しむお姉さんという雰囲気があって見ていて和む。
いい。どちらもとってもいい。美少女の色んな顔が一度に見られるというのはあちらの世界ではまずありえなかったご褒美だ。
「でも全く同じ顔がすぐ近くにいる状況とか脳がバグるね」
「あの、真面目に聞いてくれませんか?」
よそ見をしていた恵美は目の前の染井吉野に怒られてしまった。
いや、よそ見の先も染井吉野がいるのだからはこれははたしてよそ見なんだろうか、などと恵美はふざけたことを考えている。
「ぎゃん!?」
そしてそんな思考を見透かした
「おばかなこと考えてないでちゃんと話聞きなさい。あとさっさとクローンに慣れろ」
「い、いしんでんしん……」
たんこぶが腫れた頭を抱えながら恵美は全く懲りていない。
そんな櫻守に先に植樹された方つまりは恵美と話していた方の染井吉野は困ったように頬に手を当てる。
その光景を横目に見て一昨日植樹された方つまりはみづはたちに言葉の教室を開いている方の染井吉野がやれやれと首を振る。
そう、恵美が間借りしている住居の横には二本の立派な染井吉野が立っていて片方は花を爛漫と咲かせておりもう片方は控え目に新緑の芽吹きで春も終わりかけの日射しを跳ね返している。
「でもほんとに顔も性格も行動も全く同じで変な感じなんだよ。双子って今まであったことなかったしさ」
恵美はたんこぶを擦りながら復活して横道に反れた話をそのまま突き進める。
「私達はクローンですから双子よりも遺伝子一致率は高いですよ」
「いでんしいっちりつ」
普通は聞かない言葉を染井吉野から真面目な声で寄越されて恵美の脳は理解が追い付かずにオウム返しする。
他の
そんな今までの常識とかけ離れた存在を接するのに恵美の対応力はまだ追い付いていない。
「まぁ、櫻守さんの混乱は一旦棚上げしましょう」
「まって」
「本題に戻りますけれど」
「混乱してるっておっしゃってくださってはありませんか、脳が話を受け入れられる自信ありません」
「そこは蜜緋芽さんがいますので」
「いきなり丸投げは止めてくれない?」
二人のコントを傍観してたはずなのに唐突に責任を押し付けられそうになったのを蜜緋芽は見逃さなかった。恵美の保護者であるのは確かだけれども全ての面倒を見ていたら疲れて仕方がない。
「では少し間も置きましたので櫻守さんも落ち着いてくださったでしょうから話を勧めさせてもらいますが」
「あ、はい」
染井吉野も割と押しが強い。いや、恵美の脱線癖を考えると多少強引でないと話を進められないので扱いに慣れるほどそうなるのかもしれない。
「端的に申しますと、鉄と井戸を早く手に入れた方がいいです」
「鉄はともかくお水は沢から採ってこれるのに井戸が早く欲しいの?」
鉄と言えば人類の文明を切り開いた偉大な金属であるのは恵美も知っている。けれど水は今でも不足なく手に入っているので急ぎで必要だとは思えなかった。
「沢から水を持って来るのは重労働ですよ。今の人口や使い道であれば数日に一度で済みましょうけど、量が増えれば一日に往復しないと賄えません。そうなる前に井戸を掘って使い方を皆で覚えるのが大事です」
これから米の収量が増えて主食になれば煮炊きにもっと水を使うようになるしそれこそ鉄器を作るにも水が大量に必要だ。
それを甕に入れて手で運ぶという今のままを続ければ人々は疲弊して発展は遅れる。
水は生きるのに必須であるからこそいつでも手軽に使えるようにするのは大きな意味があるのだ。
「井戸の掘り方でしたらだいたいは把握してますので、当たりを付けられればすぐに作業に入れます」
「え、井戸掘れるとか、すご……」
「私達は井戸の目印で植えられることもありましたので」
染井吉野はにっこりと笑う。
本当にどんな場面でも植えられていて卒がないというか知見が手広くて怖いくらいに頼りになる櫻媛だ。
「あんたが早めに顕現して本当によかった。人が生活するのに必要なものって多過ぎるのよね」
「私達は根が張れて太陽と雨を適度に浴びれば自然と生長しますものね」
蜜緋芽の明け透けな物言いには染井吉野も苦笑する。植物は突っ立ってるままに環境が合わなければ枯れるし環境が合えば大きくなるしとなにかを要求する欲が動物に比べてだいぶ薄い。
「それから鉄は物造りの材料もそうですが、それ以前に材料を加工する道具として必要です。土を掘るにも木を切るにも鉄製器具があるだけで遥かに楽です」
「でも鉄ってどこでも出てくるものじゃないよね?」
「ええ、鉱山を見付けてそこで作業する人の街を作って運び出すようになるかと思います。ですから鉄は数年がかりを見込んでいます」
染井吉野はしっかり先を見通して提言している。時間が必要だからこそ今から始めないといつまでも実現しないと時期尚早とも思えるこのタイミングで話を持ちかけている。
「それってつまり山狩り?」
「山狩りっていうか山師の仕事ね」
恵美は鉄探しに山を歩き回るイメージからさらに松明を持って山を探す大人数を思い浮かべている。
そんな物騒な発想を蜜緋芽は軌道修正しようと正しい言葉を割り当ててあげた。
「むりくない?」
この世界のヤマに大勢が入って鉱山を探す。そんなことをしたらサトでの生活が立ち行かなくなると恵美でもわかる。
でも人数をかけないと鉱山を見つけるなんてとても無理だというのも予想がつく。
「そこで櫻媛を何人かヤマの捜索に差し向けるのです。櫻守さんがいなくてもヤマに入れないということはありませんから」
染井吉野が解決策として出したのは櫻媛をヤマへ派遣することだった。
以前蜜緋芽がそれをやったように櫻媛だけでヤマへ入るのに問題はない。それに櫻媛は人間に比べて休息が少なくていいのでそれだけ探索時間が伸びる。鉱山を早く発見できる可能性が増えるわけだ。
「つまりもっともっと櫻媛を増やしていかないといけないと」
「どっちにしろ増やすつもりなんだからやることは変わらないじゃない」
やることが明確になって自分の負担を自覚した恵美がげんなりとする。
しかしそんな甘えを
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