1年目4月・土壌整備
それを横で見上げていた妹ちゃんはありもしない袖をまくる真似をして、むん、と気合を入れていた。
「はい、がんばってね」
少し離れた位置で恵美のタブレットを預かった
三春瀧桜の晴れ着の面積でできた日陰にはお姉ちゃんと弟くんも一緒に座って木鋤を携える二人を見守っている。
「よっこいしょ、と」
ざくり、と恵美は木鋤を草の生い茂る地面に突き刺した。けれど地面にはびこった草の根が遮られて平べったい先の三分の一も埋まらない。
「よっと」
腕だけで押しても先に進んでいかないと見て恵美は鋤の柄と先とか区別される境目のとっかかりに足をかける。
「とりゃ」
気合いと一緒に鋤を踏み込めばぶちぶちと根の千切れる感触が
「ここから、もういっちょ、と」
仕上げにと恵美は鋤の柄に体重を乗せてよじると鋤の先が土を掘り返しながら空中に飛び出した。
恵美は砕けた土の合間に根をさらした草をむんずと掴んで土ごと持ち上げて手首だけで振って土を落とすと、ぽい、と遠くに放り投げる。
これをワンセットにして何度も何度も同じ動作を繰り返して固まった土をほぐしていく。
桜は柔らかい地面を好むので少なくとも土がほろほろ、できればさらさらとかぱらぱらとかになるまでやりたい。
土が硬いと桜は根を地上に伸ばしてしまって栄養も水も吸収しにくくなるし人や動物に踏まれてしまう危険も増える。桜は根が傷つくとすぐに弱ってしまうので植樹前の耕耘が実はとても大切なのだ。
ただし理想的な土になるまで作業を続けられるかどうかは体力と相談になる。
「いや、きっつい」
十回も土を掘り起こすのを繰り返したらもう筋肉が熱くなって息が上がる。
鋤にもたれかかって一休みする恵美の目の前で小さな少女は自分の身長と同じくらいの長さの鋤でせっせと作業を続けている。
動作がちまちましているし恵美の持って来たのよりも短くても体格に合ってない道具だしで見ていてたどたどしい可愛らしさが目立つけれど、それでいてなかなかどうして慣れていて迷いのない動きだ。
「すごいねー。いっつも手伝ってるの?」
恵美に声をかけられて妹ちゃんはくりんとした目で見上げてくるけれど言葉を喋れないので一秒足らず見詰めただけでまた体全体で鋤を操る。
腕とか足とか一部分だけで動くとすぐに筋肉が痛くなるし体力も余分に削られるのでとても理に適った動きをしている。
恵美も農機具を扱うのは初めてではないので同じように全身で鋤を扱ってはいるけれど、いかんせん現代人らしい体力のなさがネックになっている。
「まぁ、幼女ばかり、働かせてちゃ、いけない、よねっ」
息を整えられた恵美は筋肉が冷え固まる前に作業を再開する。動くと余計にお腹がくぅくぅ鳴ってくれるけれど泣き言なんて言ってられない。
一時間も作業を続ければ桜の一本くらいは植えられるくらいの広さと深さで土を耕せた。
「もういいよ、ありがとう」
まだまだ地面を引っくり返そうとし続ける少女の腕を抱えて恵美は作業を止めさせた。
恵美に持ち上げられた少女は、ぷらん、と手足を所在なく垂れ下げる。
「あとは肥料を混ぜられたらいいんだけど」
「あるの?」
「ないかなー」
ないものねだりしても仕方ない。
「でも灰はあるよね。灰もらっていい?」
火山性の大地は酸性に傾いて植物が栄養を吸収しづらくなっている。そこに灰を混ぜるとアルカリ性が付与されて土壌改善させるのだ。
恵美は家で煮炊きや暖を取るのに火を熾して溜まった灰を使いたいとお姉ちゃんに申し出る。
しかしいつも通りしばらくの沈黙が二人の間にうずくまる。
そしてお姉ちゃんは、つい、と三春瀧桜の顔を見上げた。
「灰を譲りたまえ」
「ん。よし」
「わたしを頼ってもらえない悲しみ!」
除け者にされるとすぐに恵美は騒ぎ出す。
しかしここにいる誰もがもう慣れたもので見向きもしない。
三春瀧桜は妹ちゃんから木鋤を受け取って片手に持つと竪穴住居に入っていく。そして水平を保った木鋤の先に灰を乗せて出てきた。
少女の身長ほどもある木鋤を片手で軽々しく扱う三春瀧桜は持って来た灰をさらさらと張り返されて黒々した範囲に散らしていく。
「はい、混ぜて」
「むー。混ぜますよー。混ぜればいいんでしょー」
恵美は不貞腐れた態度を見せつけてざくざくと切るようにして土と灰を混ぜていく。
その横を山菜を抱えて帰ってきた同居人が不審そうに横目で見ながら通り過ぎていった。こんな家の側でなにを育てるつもりだとか、もう撒く種籾もないのにとか思われたのかもしれない。
今日もお夕飯はたっぷりの山菜かぁ、と思いながら恵美は十分に土を掻き混ぜ終えた鋤を肩に担いだ。
「よし。あとはお婆ちゃんとこから
「木鋤預かってようか」
「おねがいー」
恵美は三春瀧桜に道具を預けて手ぶらで身軽になって今日二回目の女神訪問をする。これが往復となるとなかなかに時間も体力も消費する。特に帰りは苗木一本担いで行かないといけないのだ。
「てか、これ女の子一人に持たせるものじゃなくない?」
「わしも一人で運んだんじゃ、気張れ」
「うぃー」
恵美はぐったりした声を返してイワナガとお別れして歩き出す。
そこそこ長い移動距離の中で、そう言えば植えた後の水準備してない、やっばー、どうしよう、とか考え出してしまう。
「家の水瓶使うと困るよねー」
水のある場所は後でちゃんと聞いておかないといけない、と恵美は心のメモを取る。
明日雨が降ってくれるなら一番楽なんだけどを空を見上げるけれど、青く広がる一面に浮かんでいるのは薄くて透けている雲ばかりで雨なんて期待できそうもない。
「うーん、せめて苗が強い子でありますように、と」
恵美は空になんの気もない祈りを投げかけてずり落ちてきた苗木を担ぎ直してもう一踏ん張りと足に力を込めた。
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