1年目4月・ヤマに入る時の注意事項
いろはに名前をあげた後、意気揚々と続けて妹ちゃんや弟くんを標的にしようとした恵美だったけれどいろはに睨まれた上に二人を抱えて隠されて呆気なく目論見は阻まれてしまった。
いろはの眼差しに乗せられた威圧に逆らってはいけないと恵美でも即座に理解してすごすごと家から出ていった。
「なによー、なんでよー」
「そりゃ大切な妹や弟に好き勝手名前付けられたらイヤでしょ」
不満たらたらでどうして睨まれたのかと文句を垂れる恵美に
せっかく家を追い出されたので蜜緋芽は恵美をせっついて女神達の所へ向かっている。恵美がヤマに入れるようになったので改めてその辺りの注意事項を確認させておくつもりだ。
道行く二人が仲良く口喧嘩しているのを
そんなふうに喋りながら歩いていたらサトの端っこにある大岩と大樹の元へとあっさりと到着してしまった。
「女神さまー! おばーちゃーん! こーんにちはー!」
恵美が元気よく挨拶を張り上げるとイワナガは心の底から嫌そうな顔をして、コノハナサクヤは嬉しそうに目を細めて迎えてくれる。
「なんだい何回も何回もきおって」
「えー、こんなに頻繁にわたしに会えて嬉しい? もうお婆ちゃんってばー」
「お前さんの耳どうなんてんだい」
「ついでに言うと頭もね」
早速話がズレていく恵美に対してイワナガが冷ややかに突き放してさらに蜜緋芽も連携して追撃を加える。
しかしそれでおとなしくなるのだったら恵美は恵美じゃない。
「耳見る? わたし、耳の形いいねってよく言われるんだよ、ほらほら」
「ええい、うざったい。顔を寄せてくるんじゃないよ」
ぐいぐいと近寄ってくる恵美をイワナガが押し返そうとするが枯れ枝のような細腕では力がとても敵わない。
見るに見かねて蜜緋芽が恵美の首根っこを掴んでイワナガから引き剥がす。
「他人様に迷惑かけるなっていつも言ってんでしょ、このおばか」
「うぇー」
蜜緋芽が容赦なさすぎて首がちょっと締まった恵美は潰れた声を絞り出す。
「いやー、見ててほんわかしちゃうね」
「本当に心が温まりますね」
「そこの全肯定コンビ、自己紹介する前から意気投合するんじゃないわよ、ツッコミが間に合わないでしょうが」
恵美のせいでわちゃわちゃした場を見て微笑みを二乗にしている三春瀧桜とコノハナサクヤがのんびり鑑賞モードに入ったのを蜜緋芽は即座に水を差す。
恵美の頭引っ叩いて道筋がすぐ外れる話の流れを立て直してと一人に仕事が偏りすぎていて蜜緋芽はだいぶ沸点が低くなっている。
ちょっとした失言で爆発する気配を悟って恵美でさえちょっと身を正して口を噤んでいる。
「はん。自己紹介なんかいるかい。ヤマに種が落っこって勝手に生えて育った櫻媛だろ? それくらいは見れば解るさ」
イワナガだけが端的に三春瀧桜の紹介なんて必要ないと話の進行を助けてくれる。
だから蜜緋芽もそれに乗っかって本題を切り出す。
「で、恵美がヤマに入れるようになったから細かいことをそこのおばかの小さい頭に叩きこんでほしいのよ」
「えへへ、小顔な恵美ちゃんです」
「ほめてないよろこぶな」
遠回しに考えが足りないと揶揄しているのに恵美は嬉しそうにはにかむから余計に蜜緋芽は疲れが表に出てくる。
そんな蜜緋芽を気遣ってではないだろうけれどいつも説明役を買って出るコノハナサクヤがすいっと足を前に踏み出した。
「それはおめでとうございます。恵美さん、ヤマに入る時には櫻媛の性能が大きく制限されますのでよく覚えて注意してくださいね」
「え、櫻媛ってヤマに入ると弱っちゃうの?」
「だから今までのはこっちの世界に定着出来なくていなくなったんでしょうが」
今更驚く恵美に、初めからそう言われてるでしょ、と蜜緋芽は大いに呆れ顔になる。
恵美を何のためにこの世界に呼んだのだと思っているのか。
「ヤマに入る櫻媛は【
コノハナサクヤはそんな入りで能力値ごとの行動を解説してくれる。
【祷】を指定した櫻媛は櫻守である恵美を守る結界を張るのに終始する。この結界は櫻媛の【霊力】を用いて展開されて恵美に命の危機が生じる度に削られていく。また他の櫻媛に対してその場で【霊力】を分け与えることもできる。しかしヤマの瘴気が強いと継続的に結界は削られていくので無暗に消費するのは危険だ。
「それってさっき蜜緋芽が張ってくれれたってやつ?」
「そうよ。他はいなくても逃げるなりなんもしないで帰るなりすればいいけど、【祷】の櫻媛は絶対一人は付けなさいよ」
蜜緋芽はもしものことがないようにと恵美にきつめの釘を刺す。
結界が途切れるとヤマの気に直接晒される恵美はまた発熱したり最悪その場で意識を失いかねない。
「まぁ、もしもの時はこっちが担いでサトまで運んであげるけどさ」
【霊力】が尽きても他の櫻媛と違って苗に戻らないのが蜜緋芽の強みだ。ヤマノケどころか普通の野生動物とやり合うのも厳しくても恵美を抱えて走るくらいの体は維持できる。
続けて【衛】だがこちらはそのままヤマノケや危険な動物などと戦って排除する役目になる。戦闘行動を取る度に自前の【霊力】を消費していくし、敵から攻撃を受けても櫻媛の実体を維持・復元するための【霊力】を消費する。
最後に【榮】を割り振った櫻媛はさらに『探索』『開拓』のどちらかを選ぶようになる。『探索』は文字通りヤマの中から資源を探して獲得していく行動であり、『開拓』はヤマの環境を作り変えて道や広場などを造り出す行動だ。『探索』で得られる資源や『開拓』による景観の変化は櫻媛の【榮】の実際値に左右される。〔農〕が高い櫻媛は食糧を多く〔商〕は貴金属や宝石を多く見付けてくるし、〔工〕の高い櫻媛は質実で飾り気のない景観を〔芸〕の高い櫻媛は細部にこだわって華美な景観を造り出す。
この三つの役割を上手く振り分けてヤマを鎮めるなら戦闘重視、桜やサトを活性させるための素材集めなら冒険重視の編成を組むのがコツだ。
「前に言った通りにヤマに連れて行ける櫻媛は
「おおぅ……数で押せ押せはだめなのね」
「ええ、恵美さんの命が保ちませんので、必ずこの制限は守ってください」
命が保たないってパワーワードだな、なんて他人事みたいに恵美は間抜けに口を開けてしまう。
「ちなみにこちらのお姉さんのような野良の方々については?」
恵美に話を振られてばりばり傍観者だった三春瀧桜はきょとんと目を丸くして自分の小さな鼻を指差した。
「ああ、ヤマに自然に根を張った櫻媛は恵美さんを通して実体化してませんので別枠になります。ただ能力値はどれか一つになるのは変わりません」
臨時であってもその追加戦力を素直に助かる。特に今は櫻媛の数が少ないのでなおさらだ。
「でもまだまだ櫻媛が少なくてヤマに入るのも安定しないから、絶対に無理はしないこと。いいわね」
「はーい」
心配性な蜜緋芽を安心させようと恵美は素直に返事をした。
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