1年目4月・植樹計画

 恵美を黙らせながらのんびりとして天然な三春瀧桜みはるのたきざくらから事情を聴き出すという難行を成しとげた蜜緋芽みつひめはそれはもう疲れ切っていた。まだ太陽は一番高い位置までたどり着いていないというのにもう一日を終わらせたくて仕方がない。

「とにかく、あんたにエミやサトのお守りを任せていいってことよね?」

 それでも自分にできることがあるなら率先して行動するのが蜜緋芽の真面目なところだ。

「え、ミツヒメどっかいくの?」

「ヤマに入っていろいろ集めてくるのよ。あんただって毎日夜に食べるのだけじゃお腹保たないでしょ」

 確かに昨日の夜からなにも食べてない恵美はずっとお腹が切なかった。家で食事が出て来るのは夕食の一回だけで、現代日本人である恵美からすると量もかなり物足りない。

 そりゃみんな細くなるし小柄なわけだよね、というのが恵美がこちらの食生活に懐いていた感想だ。

「でも一人で危なくない?」

「あんたの庇うんじゃなかったら、あいつら相手だって逃げられるっての。無理に倒す必要はないんだから」

 確かに蜜緋芽は三春瀧桜と比べたら戦闘力が低い櫻媛さくらひめではあるけれど、さっきのヤマノケとの攻防でも相手の攻撃は危なげなく防いでかすり傷一つ負っていない。

 恵美や少女のような護衛対象がいないなら敵を撒くくらいはなんてことはないのだ。

「そういうわけだからこの子達の相手は任せるから」

 蜜緋芽はそういって腕に抱いた少女を三春瀧桜に預ける。

 手渡しされた少女は人見知りなんて全くしないで三春瀧桜の手触りのいい晴れ着にペタペタ手を伸ばしている。

「あ、ずるい! そこはわたしに抱っこさせてくれるとこじゃないの!?」

「あんたの邪念に無垢な少女を触れさせたくないのよ、わかれ」

「わかりたくない! わかりたくなーい!」

 どっかのペットロボットみたいに騒ぐ恵美は早々に無視して蜜緋芽は視線だけで三春瀧桜に、任せた、と伝える。

 三春瀧桜も黙って頷いて答えると蜜緋芽も頷き返した。

「ついでにあんたの本体も確認したいんだけど、どの辺りに生えてるの?」

「私はあの北の一番高い山の方から降りてきたの。そんなに奥じゃなくて……あの辺り?」

 三春瀧桜は少女を片腕でしっかり抱き直して空いた右手で山の裾野を指差した。

 蜜緋芽は目を細めて指し示された場所を確認する。

「ん、ああ、でかいからギリギリ見えるわね。あれか。ま、日が落ちる前には行って帰って来れそうね」

 そこそこ距離があるのを大したことじゃないように軽く宣言して蜜緋芽は準備運動を始める。

「全然わかんないんだけど……」

 その横で蜜緋芽と同じように三春瀧桜の指の先を手庇を作って懸命に眺める恵美が情けない声を出している。

 三春瀧桜の腕にお座りした少女も恵美の真似して手を目の上に翳しているのが愛らしい。

「こっちは人間じゃないから一緒にするな。じゃ、行ってくるから。エミ、いない間に周りに迷惑かけるんじゃないわよ」

「人のこと、要注意人物みたいに言うー」

「自分の行動をよくよく振り返って反省しない、このおばか」

 蜜緋芽は恵美に向けて不安そうな流し目を送ってそのまま走り出す。膝も隠して物によっては腰にも届きそうなくらいに伸び放題な草も物ともせずに颯爽と走り去ってしまった。

 蜜緋芽がなぎ倒してぽっかりと隙間を空けた草原を恵美は唖然として見詰める。

「すご。プロのアスリートじゃん」

「まぁ、人里を軽く壊滅させるようなヤマガミ相手にするために呼ばれた櫻媛私達だからね」

 これくらいの身体能力は持っていて当たり前と三春瀧桜はのんびりした声音を崩さない。

「それでこちらはこの後、何をするの?」

 三春瀧桜はついさっき合流したばかりでこれまでの流れをまだ聞いていない。

 けれど恵美もヤマノケの襲撃から三春瀧桜との出会いと衝撃的な出来事が間にあったせいで、その前になにをしようとしていたかすっかり忘れてしまっていてぽっかりと沈黙が開く。

 じっと三春瀧桜のほんわかした顔を見詰める恵美だけれど質問をしてきた相手がヒントをくれるはずもない。

 三春瀧桜の腕に抱えられた少女が、くあっ、と大きな口を開けてあくびしたところでやっと恵美は自分がこの世界に呼ばれた根本な役目を実行しようとしていたのを思い出した。

「ああ、そうそう! 桜! 桜を植える準備しようとしてたんだ」

「なるほど。大事なことね」

 三春瀧桜も、うんうん、と納得の様子だ。それから彼女はヤマノケの足跡がくっきりと残る田んぼやその周りを見回した。

「ここに植えるの?」

「え、だめ?」

「だめというわけではないけど、せっかくなら人の住居のそばに植えた方がいいんじゃないかなって。私達、人の学習能力を高める作用もあるから」

 確かにコノハナサクヤもサトに植えた櫻媛が文化の成長を促すと言っていた。

 三春瀧桜はそれを最大限に活かした方がいいと言う。

「この子もそうだけどお話出来る人、少ないんでしょう? 会話くらいは普通に出来た方が生活も安定するし、桜を植えるにも鉄の道具くらいはあった方が楽よ? 櫻媛の影響は長く側にいる方が濃くなるから住処の横に植えた方が早く人の知性も生長するのよ」

「そうなの? すご」

 植えた桜の近くにいるだけで頭が良くなっていくだなんて便利だと恵美は感心する。

「そのタブレットで櫻媛の能力値が確認出来るのでしょう? 〔学〕が高い子を植えたら、その家の子はきっとすぐに言葉くらい覚えられると思うわ」

「なるほど!」

 いいことを聞いたとばかりに恵美は早速、さっきコノハナサクヤから貰った二条北宮造花にじょうきたのみやのつくりばな染井吉野そめいよしのの〔学〕の数値を確認する。

「ゼロって書いてあるんだけど」

れいじゃ駄目ね。どんなに【さかえ】の能力値が高くても零パーセントだったら零だもの。全く効果なしってやつね」

 先に二条北宮造花の〔学〕が0であるのを確認した恵美は三春瀧桜からのコメントに追い打ちをかけられてがっくりと肩を落とす。

「あ、でも染井吉野は20%だ。能力値も40ある」

「それくらいあれば先ずは良いと思うよ」

 三春瀧桜のお墨付きも貰えた。恵美は現金な性格だからそれだけで一気にやる気が溢れてくる。

「よぉし! キミのお家に染井吉野を植えてあげるからね」

 三春瀧桜の腕に乗った少女のぷにぷにのほっぺを恵美がつつく。

 少女はきょとんとした顔でなされるがままに恵美の楽しそうな顔を見返していた。

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