1年目5月・南のヤマ開拓1

 井戸ができて翌日にはサトのみんなが水を汲んでは嬉しそうに顔を輝かせている。

 そんな笑顔をたくさん見れて恵美もほくほく顔だ。

 恵美の周囲には七人の櫻媛さくらひめたちが控えていた。全ての櫻媛が花御代はなみよに入っている。

 霊力が貯まった櫻媛が多くなったのでその戦力を注いで南の方角にあるヤマの開拓へ向かうのだ。

 【祷】の櫻媛は今朝に植え直した二条北宮造花にじょうきたのみやのつくりばな江戸彼岸えどひがん染井吉野そめいよしのの後から植えた方の三人。

 【衛】として蜜緋芽みつひめ大島桜おおしまざくらの二人。

 【榮】の担当は先に植えた方の染井吉野と志那実桜しなみざくらの二人。

 恵美もまたいろはから貰った藤蔓のポシェットにタブレットを入れて準備万端だ。

「それじゃ、そろそろ行くわよ」

 蜜緋芽がいつも通り指揮を取って一同を促す。恵美が全くまとめられないので保護者が代理するしかないのである。

 それに対して櫻媛たちは素直に付き従ったり嫌そうに足を動かしたりして行軍を始める。そんな美女と美少女たちの行列を恵美が眩しそうに見送ろうとして蜜緋芽に後頭部を叩かれた。

「あんたが行かないと意味がないのよ。歩け」

「いたい……わかりましたよー」

 たんこぶができた頭を自分でなでて慰めながら恵美も前を行く櫻媛たちの背中を追う。

 南の方角に向かって歩いているだけでどんどんと辺りの景色を鬱蒼としていく。始めは草原の草丈が伸びて腰まで隠すようになり、それから竹や蔓みたいな繁殖力や拡散力の高い植物が足取りを阻むようになって、次には木が疎らに一行の進行を迂回させるようになり、最後には木々の樹冠がぴったりとくっ付き合って宵にも似た暗がりを作るようになる。

 背が高いちが当たり前のように光を占有するようになって地面の下草は目立たなくなって足を引っかけなくなるものの、傾斜はきつくなり固く大きな岩石や太く歪んだ大樹の根が地面から盛り上がって足を転ばせようとしてくる。

 そんな未開の野山を切り開いてくれたのは【榮】に選んだ染井吉野と志那実桜だ。

 彼女たちはちまちま草を引っこ抜いてくれたわけじゃない。

 もっと豪快に荒っぽく、桜吹雪や徒手空拳を使って地面を抉る勢いで邪魔な草や岩を吹き飛ばして道を均してくれた。

「まるで重機」

 今もまた眼前を阻む藪を志那実桜が拳と蹴りで吹き飛ばすのを見て恵美がぽつりと漏らした。

 それを耳聡くひろった【榮】の染井吉野が恵美を振り返ってにこりを微笑んだ。

「重機その一です」

「あ、いや、そういう意味じゃなくて……」

 失言を使ってからかってくる染井吉野に恵美はどぎまぎして言い訳もうまく出せずにどもってしまう。

「あ、待ちなさいよ! なんでウォーが二番なのよ! 中国は日本の文化の基なのだから、ウォーの方が日本の子よりも先んじられるべきよ!」

「え、そっち?」

 腰に手を当てて怒りを噴き上げる志那実桜に恵美は目を丸くする。

 てっきり自分たちを重機扱いするなと言われるかと思ったらそうではなくて二番にされるだけで自分が軽んじられていると感じての抗議を力強くされた。

「では私はその二でいいですよ」

「ふふん、当然ね!」

 染井吉野が快く一番を譲るとそれだけで志那実桜は気を良くして得意げになる。

 その態度がなんとも幼くちまっこい志那実桜の見た目によく似合っていて恵美は血が噴き出しそうになった鼻を抑えてギリギリで耐える。

 こんなヤマの中で興奮して鼻血を出して倒れたら命に関わると思い恵美は話を元に戻すことで逸らす。

「重機って言われるのは別にいいの?」

 恵美のその問いかけに志那実桜はきょとんと目を丸くする。

「なんで?」

「え、いや、なんでって、みんなは人間……じゃないけど心ある生き物……生き物?」

 櫻媛が意思を持つのは普段から接している中でよく分かっているけれども生き物と言っていいのかどうかは分からなくて恵美は勝手に混乱し始める。

 どちらかと言うと櫻媛は神様に近いと思うのだけども神様っていうのは生き物なのかどうか。

「いや、ウォーたちはほぼ重機じゃないの」

「兵器と言い換えてもいいがな」

 そんな恵美の苦悩に対してあっさりと志那実桜が道具扱いを自認して大島桜までもそれに追随する。

「ヤマを切り開く重機で、ヤマガミと戦闘する兵器、確かにわっちらをよく言い表して妙でありんす」

 さらに江戸彼岸にまでけらけらと笑って後押しまでされてしまった。

 人のために人ができないことを実現する人に仕えるもの、それを道具と呼ぶのであればまさしく櫻媛とは道具であった。

「道具であるのと心があるのとは別問題だけどね。粗雑に扱われたら少なくともこっちは反抗してあげるわよ」

 蜜緋芽だけが恵美の常識に寄り添って生き物じみた意見を述べる。

 その言葉の内容でホッとしてしまうのに恵美は少しばかり戸惑ってしまう。

那当然了ナードンランラ! 厭らしく触るな、見るな、近寄るな!」

 蜜緋芽の言葉に乗っかって志那実桜はずびしと人差し指を突き付けて恵美を威嚇する。初対面での仕打ちは未だに彼女のトラウマになっているらしい。

 それなのにこうしてヤマの中までついて来てきちんと仕事をしてくれるのは彼女なりに自分の役目と存在に誇りを抱いているからだ。

 その姿に思わず恵美は口を押えても込み上げる笑い声を響かせてしまう。

「何が可笑しいのよ?」

 いきなり笑い出した恵美に志那実桜は不審の眼差しを向ける。

 でもそれすらも恵美にとっては愛らしく思えた。

「ごめんごめん。すごく頼りになるなって思って」

「何よ、やっぱり変な奴ね」

 志那実桜はそう言って不服そうに鼻を鳴らしながらもまだ先を阻む茂みに向かって拳を振り上げるのだった。

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