1年目4月・ファーストコンタクト
恵美は
「まずはー、さっきの女の子とちゃんとご挨拶するのはどーかなー?」
「いいんじゃない」
「本当は親御さんと先にお話する方がいいかもだけどー、でも子供ってすぐ仲良くなってくれるじゃない?」
「いいんじゃない」
さっきから同じ返事を適切なタイミングにオートで返して来る蜜緋芽の態度に、恵美は少しむっとする。せっかく一緒にいるのに聞き流すなんてひどいんだ、と不満がくるくると胸の中で旋風になって暴れ出す。
恵美は腹いせに次の台詞は空に向けてちょっぴり声量を大きくする。
「きっとあの子、将来めっちゃいい体になると思うんだよね。今からお近づきになっておかないといけないよねー?」
「あんた、子供をどんな目で見てるのよ、このヘンタイ。いいワケあるか」
「なんでこういう時ばっかりちゃんと反応してくるの!? ひゃん!?」
お姉さんの嫉妬センサーやばい、とか驚いていたら鼻先をデコピンされた。
「嫉妬なんかするか、このおばか」
「以心伝心!? わたし達、想いが通じ合っちゃってる!?」
まさか考えていることが伝わっているだなんて、これって運命。と感動している恵美に、蜜緋芽はふっと口から笑いを零してくれた。これは脈ありありなのでは、と恵美は期待が高まっていく。
「いだだだだだ!」
「このすかすかの頭でもちゃんと痛みは感じるのね、躾の意味がありそうで嬉しいわ」
蜜緋芽にこめかみを左右から握り拳で挟まれてぐりぐりされて、恵美は目尻から涙が零れそうだった。こめかみに当たる中指をしっかりと突き出して圧迫面を狭めて痛みを底上げしているところに蜜緋芽の怒りを感じられる。
二人がそんなふうにじゃれ合ってる側で、草むらからがさりと音がした。草むらっていうか二人の足元含めて見渡す限り草むらが森まで続いているのだけれど。
蜜緋芽は音がした方向に視線を向けて、それで手が緩んだのを幸いと恵美も一緒になって顔を横に向ける。
二人がじっと見詰める中で草の中から息を殺して気配を消しているちっちゃい何かがいるのが分かった。なんか一生懸命バレないように存在感を失くそうと頑張っているんだけど、それが逆に不自然な空虚さとなってやけに目立っている。
人ってこんなに気配を感じられるんだ、って恵美は初めて知ってちょっぴり感動していた。
そしてそれ以上に何が隠れているのか気になってしまって足音を潜めて覗きにいく。
周りよりも勢い良く伸びて恵美の胸元までの丈になっている草をひょいと両手で押し退けると、小さな少女が頭を抱えてびくびく震えながら縮こまっていた。
「あらやだ、かわいい。ていうかさっきの子だよね? 迷子? よかったらうちの子になる? あいったぁ!?」
「幼気な少女を連れ去ろうとするんじゃない!」
余計な発言をした恵美は、蜜緋芽にタブレットを取られてその祖母の形見で後頭部をすっ叩かれた。すぱーん、となかなかにいい音が草の揺れる風の中に響く。
そして少女は恵美に暴力を働いた蜜緋芽に目を見開いて涙を大きく瞳に浮かべる。
「あー、ミツヒメお姉さんったらちっちゃい子泣かせたー。いーけないんだ、いけないんだー」
「あんたのその小学校低学年男子レベルの知能がそもそもの元凶だって分かってる? もっかいこめかみ締めてやろうか、このアマ」
「ひぃ!?」
「ぴぃ!?」
これ幸いと揶揄ったら即座に言い返されて、さっき酷い目にあったばかりの頭を守ろうと抱えてしゃがみ込んだ恵美の横で、全く同じ体勢で少女も縮こまって一緒になって震えている。
なんか野生動物の年子が巣に天敵が侵入して震えあがっているような光景だ。けれどそうすると天敵というのが自分になってしまうのが蜜緋芽としては非常に不本意だ。
こちとら
「恵美、ちょっとこっち来なさい」
「え、やだ。なんか理不尽な理由でお仕置きされそうだもん」
「正当な理由だから問題ないわね」
「問題ありますぅぅぅぅ! リンチはんたーい!」
恵美は草を掴んで抵抗するけれど、蜜緋芽に片手で引き摺られて握る度にぶちぶちと千切れてしまう。パワーが違い過ぎる。人間と精霊なので当然だと言えば当然なのだけれども。
「た、たすけて! お願い、わたしをたすけて! ついでにお家に泊めて!」
必死の形相で手を伸ばす恵美の姿をどう思ったのか、少女は蜜緋芽を見上げて怯えを表情に見え隠れさせながらも駆け出した。
ぽす、と小さな体が蜜緋芽の腰にぶつかった。
全く痛くないどころか子供に甘えられているような衝撃に蜜緋芽は足を止める。ただし恵美の背中は掴んだままで離さない。
少女は何度も懸命に、ぽすぽす、と蜜緋芽に体当たりを続けている。
蜜緋芽はなんとも言えない表情に顔を歪めてから、観念したように恵美を手離した。
ずっと蜜緋芽の手から逃れようとしていた恵美は急に解放されてそのまま地面にずべしゃと自分からダイブしてしまう。
「いひゃい」
「それはあんたがどんくさいのが悪いのよ」
「えへへ」
「ほめてない」
一体どの言葉で褒められたと思ってはにかんだのか、恵美のお気楽な思考が分からなくて蜜緋芽は溜め息が出る。
そんな蜜緋芽の足元で、少女がとててと恵美に近付いてきて草の切れ端がくっ付いた顔をむにむにと撫でてくれた。
恵美はきょとんと少女を見返した後に、ほんわかと表情を緩める。
「ありがとう。優しい子だね」
少女はやはり何を言われたのか分からないようで、瞬きをしながら恵美の顔をマッサージし続けている。
少女に頬を弄られながら恵美は蜜緋芽を見上げた。
「やっぱり言葉が通じないって詰んでない? これどうやって家に置いてもらえるようにお願いしたらいいの?」
「そのままペット扱いで勝手に家までついて行ったらいいんじゃない?」
「なるほどその手が――」
「ないわよ、おばか。真に受けるんじゃない」
丸っきり冗談で言ったことを本気で取られては敵わない。いっそ足蹴にしてやりたいと思うくらいに蜜緋芽がフラストレーションを溜め込んでいると、少女は気が済んだのか急に立ち上がって何処かへと走り去ってしまった。
蜜緋芽と恵美は揃ってその遠くなっていく小さな背中を呆然と見送る。
「フラれたみたいね」
「そんなぁ。将来有望だったのにぃ」
うずくまったままの恵美はショックでがっくりと両手を地面に付いた。
そんな欲望丸出しの恵美の丸まった背中を蜜緋芽の切れ長の視線が冷たく降り注がれる。
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