1年目5月・プレゼント
他の同居人がみんな外へと出て行っていつもの面々だけが竪穴住居に残っている朝、恵美はタブレットで必要な仕事とその進捗、これからの計画をまとめている。
コノハナサクヤとイワナガの力によって神器となっても以前の通りに便利なアプリケーションも続けて使用できるのはありがたいことだった。
カレンダーのお陰で今日が何日なのか見失わないで生活できるし、表計算アプリケーションを使って以前の通りに仕事の進捗や行程を見える化できる。
蜜蜂の季節移動で収益を上げていた恵美は意外とこういった仕事の予定を立てて行動するのが得意だったりする。ちなみに今日は
そんな恵美の前にすっと人影が立つ。
恵美が顔を上げるとお腹の大きないろはのまじまじとした眼差しがぶつかった。
「エミ、それ、いつも持ち歩く。大事」
「え、うん。櫻媛の管理に必要だしお祖母ちゃんの形見でもあるから大事だよ?」
急になんの話だろうかと恵美の頭に疑問符が浮かぶ。いくらいろはに欲しいと言われても渡せない。
でもそんな見当違いな心配はもちろん全くの杞憂で、いろはは後ろに流し目を送るとすゑはがちょこちょこと何かを持って来た。
いろははそれを受け取ると恵美に向かって差し出してくる。
「これ、作った。使って」
いろはの手作りだというそれは藤蔓を編んで作られたポシェットのような鞄で、いかにも恵美のタブレットを入れるのにちょうど良さそうだった。
それを肩から提げる紐も繋がっていて外で持ち歩くにも手が空くようになっている。
これなら恵美が草むしりをしたり桜の苗木を担いだりする時も
「なにこれ、かわいい! え、いろはちゃんの手作り!? プレゼント!? やったー!」
編み込みがそのまま花のような模様になっているポシェットを両手で掲げて恵美は子供みたいに喜んで跳ね回る。
それで住居内に土埃が立っていろはは迷惑そうに眉を潜めてすゑはの口と鼻を手のひらで覆って庇う。
「エミ、うるさい、おばか、跳ねるな」
「辛辣!? プレゼントもらったのに好感度急降下!?」
「エミ、うるさい、おばか、静かになさい」
「加えてトリプルコンボ!?」
いろはから冷たい視線と言葉を投げつけられるのは完全に自業自得なのに恵美はショックを受けている。
蜜緋芽がいれば溜め息の一つもついて殴りつけてくれるところだけれど残念ながらまだ保護者は迷惑なおばかの迎えに来てくれていない。
恵美の味方はその太ももをぽんぽんと叩いて慰めてくれるみづはだけだった。
「みづはちゃん! あなただけがわたしの癒し!」
即座にひざまずいてぎゅっと幼い体を抱き締めてくる恵美の行動の速さにみづはは目を白黒させている。
それから恵美は貰ったばかりのポシェットにタブレットを入れてみづはに見せびらかした。
「見て見て、お姉ちゃんにプレゼント貰っちゃったよ。これはもうわたしに気があるとしか思えないね。将来の義姉としてちゃんとみづはちゃんの成長も見守ってあげるからね」
恵美は下心丸出しでにやけているのだけど純粋なみづははなんにも理解してなくてにこにこと笑顔を振りまいている。
そんな妹をいろはは魔の手から無理矢理引っ張って取り戻す。
「エミ、みづはに触れる、許さない」
「なんか対応がさらに厳重になっていませんか!?」
幼女を腕の中からさらわれてガビーンとショックを受けている恵美だけれど情状酌量の余地はない。
いろははそのままみづはの手を引いて壁の際で座りこみ話は終わりだと突き付ける。
せっかく贈り物を受け取ったのに自分の振る舞いのせいでお礼を言うチャンスすら恵美は失っていると気付いて慌てていろはの前で土下座する。
「すみません、プレゼント貰って舞い上がってましたので、どうかご機嫌直していろはちゃんともみづはちゃんともこれからも仲良くする権利を回復してください!」
弁明ですらない要求を早口でまくし立てる恵美を見下ろしていろはは頭が痛そうに眉を寄せる。
そもそもそんな権利は回復するどころか発行に至るほど恵美の行動は評価を下げている。
けれどいろはも甘いもので自分の手を擦り抜けてまた恵美に寄り添おうとする妹を無理に繋ぎ止めることはなかった。
土の床に額を擦り付ける恵美を憐れんでみづはは小さな手で頭を撫でてくれる。
「でへへ」
それだけでだらしなく頬を緩める恵美は反省を一瞬で忘れ去った様子だ。
怒られても叱られてもちっとも懲りなくてちょっといい思いをすると秒で調子に乗るから恵美は信用というものを全く積み重ねられないのを自分で理解していない。
これで櫻媛を率いてサトを繁栄に導いてくれているといのだから特に大人の分別を持っているいろはは扱いに困って仕方がない。
「エミ、そろそろ行く時間、違うや?」
「あ、そうだ! 行ってきます!」
騒ぎ立てて勝手に時間も忘れていた恵美が慌てて出ていく後ろ姿にいろははひっそりと溜め息をこぼす。
そしていつものように恵美を追い駆けて出ていってしまう妹もいろはは気が重そうに見送った。
そんないろはの腰当たりの布がくいくいと引かれる。
いろはがそちらに視線を落とせば腰にくっ付いた幼い弟がじっとこちらを見上げてくる視線とぶつかる。
「すゑはも行きたしや?」
いろはが問いかけてもまだ言葉を覚えていないすゑははじっと見上げてくるだけだ。
しかしお姉ちゃんとしてまだ喋れない弟の気持ちをきちんと感じ取ったいろははすゑはの背中をそっと外の光が差し込む出入り口へと押してあげた。
すゑはは一度だけ足をもつれさせてお姉ちゃんを振り返った後、ちょこちょこと
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます