1年目5月・井戸掘り

 竪穴住居の前で恵美を待っていた蜜緋芽みつひめは出てきた人数を見て瞬きをした。

「今日はおちびちゃんが二人も付いてくるのね?」

「え?」

 急いで出てきた恵美はみづはだけでなくすゑはも自分に付いて来ているのに気付いていなくて後ろを振り返って目を丸くする。

 そんな抜けている恵美に蜜緋芽は溜め息をつきたい気分になる。それに幼児とは言っても少女と一緒に抱き上げるのは難しいからそれも困りものだ。

 恵美から幼気な子供を恵美ヘンタイから引き離さないといけなくなった時に蜜緋芽だけでは手が足りなくなる。

 しかし蜜緋芽は悩むのも一瞬で済ませて染井吉野そめいよしのの片方にでも預けておけばいいかと自分を納得させてまだ乳くさいすゑはを抱き上げる。幼児の足に合わせていたらどれだけ時間があっても足りるものではない。

「あ、いいな!」

「もう一人いるでしょうが」

 すゑはを抱くやいなや恵美が不満をぶつけてくるのを蜜緋芽は軽くいなす。

 恵美は恵美でそれもそっかとみづはを抱き上げて簡単にご満悦になる。

「ところでそれは貰ったの?」

「あ、そう! いろはちゃんからの手作りプレゼントだよ!」

 蜜緋芽も恵美も両手で子供を抱き上げていてもタブレットを落とさないで済ませてくれている藤編みのポシェットのことを聞かれて、恵美はまた幸福を思い出してだらしなく顔を緩める。

 そのふにゃふにゃの頬をみづはが楽しそうに揉みくちゃにしてそれがいっそう恵美の機嫌を良くしていく。

 取りあえず害はないので相手しないでおこうと蜜緋芽はすたすたと足を進める。

「あ、待ってよー」

「さっさと来なさい」

 蜜緋芽の案内に追いすがって行けばほどなく櫻媛さくらひめたちが勢揃いしている場所に到着する。

 みんなが依り代の木で吸い上げている水の気配を共有して割り出した井戸の採掘地だ。

 小さなサトの中なのでどこの住居であってもすぐに水を汲んで持って帰れる位置にある。

「いずれサトが大きくなればまた別の井戸も必要でしょうが、一先ずはここ一ヶ所で十分でしょう」

 今回の計画を先導している染井吉野の一人が訳知り顔で宣言する。

「サトは広がるかどうかはエミのがんばり次第だけどね」

「え、そうなの?」

「その小さいおつむに脳みそ入ってないの?」

「ちょ、いた……くないけど、気分で痛い!」

 自分の責任を全く理解していない恵美の頭を蜜緋芽はすゑはの小さくて柔らかい手を取ってぺちぺちと叩かせる。

 全く威力のない幼児の手を使った攻撃はもちろん物理的なダメージを発生させないけれど疑似的にでも小さな子に叱られているというのが恵美に精神的なダメージを与えてくる。

「そこ、遊んでもいいですが静かにしてくださいね」

 そしてすぐに教師気質の染井吉野に叱られる。

 しかもまともに話を聞かないだろうと見込まれていて邪魔にならないところで遊ぶように言われている始末だ。

「あ、まって。ちょっとそれはなんかわたしの威厳的ななにかが損なわれてしまう気がする」

「櫻守さんに損なう程の威厳がどこにありんしか?」

 表情を引き締めてやる気を見せた恵美に江戸彼岸エドヒガンがさらりと毒を吐く。

「え、ある、よ。あるよね。ね、ミツヒメ?」

「嘘と本当どっちで答えればいい?」

「ひどい!」

 蜜緋芽に助けを求めてもやり返されるのが目に見えているのに学習しない恵美はショックで草の上に膝をつく。

 その流れで地面に降ろされたみづはが憐れな恵美の頭をなでなでする。

 そんな使えない世話役を放置して櫻媛たちは井戸を掘る打ち合わせを済ませてさっさと作業に手をつける。

 恵美はすぐにショックから立ち直ったけれど今さら作業を進める櫻媛たちの輪の中にも入れずいつの間にかすゑはもちょこんと隣に降ろされて子守り役に奉られていた。

「そういえば穴はどうやって掘るの?」

 よくよく考えたらだれもなんの道具も持って来ていない。まぁ、木製の道具で穴を掘ったところで井戸水にぶち当たる前に岩盤に阻まれそうではあるけれど。

 そんな下らない質問を今さらしてくる恵美に蜜緋芽は呆れで溜め息が出てしまう。

「こっちはヤマの化生相手に戦えるんですけど?」

 言いながら蜜緋芽は雑に手を振って発生させた桜吹雪を地面にぶつけた。

 ヤマノケを吹き飛ばす威力を持つそれは当然のように草を一掃して土を晒し者にする。

「それと儂はこんな物も出せるぞ」

 今度は大島桜オオシマザクラが腕を振るうと、ブン、と風を切って薙刀が現れる。

 その長物を上段に構えた大島桜が一息に刃を叩き付けると地面が炸裂して当たり前のように地面に亀裂が入る。

 唖然とする恵美の目の前で大島桜は美しい程に尊大な笑顔を見せて何度も薙刀を振るう。

 それは霊力を消費するほどの全力なのだけれど時折その体が光って回復させる。

 横に立つ江戸彼岸が自分の霊力を分け与えて大島桜を支えているのだ。

 ちなみにそのさらに横で志那実桜シナミザクラが膝を抱えて所在なく座っている。彼女は水が湧いた後の井戸の枠組みを作る要員なのでまだ出番がないのだ。

 そんなこんなしている間についに大島桜と蜜緋芽が繰り返した攻撃が水源に行き着き細い割れ目から水が勢いよく噴き出してくる。

「おおっ」

 まだ掘り始めてから小一時間しか経ってないのにもう水が噴出して恵美が驚きの声を上げる。

「まるで重機」

 恵美は大して考えもせずに随分と失礼な発言をしてくる。

 けれど蜜緋芽は肩を竦めてそれを軽く肯定する。

「手作業で延々と地面掘りたかった?」

「櫻媛様々です。感謝します」

 こんな重労働を自分でするだなんて恵美はゾッとした。

「ついでにいうと兵器でもあるがな」

 袖で整った顎に滴る汗を拭いながら大島桜があっけらかんと宣う。

 確かにヤマガミという自然災害の権化を真正面から駆逐するための力を持つ存在だ。それを井戸掘りに転用しても楽しんでいるから恵美もまだ気が楽だ。

「さて、ここからは私達の仕事ですね」

「志那実桜、材料持ってきましたよ」

 二人の染井吉野が石や木を水が湧きだした穴の横に積み重ねていく。

 これから蜜緋芽と大島桜が使いやすいように穴を広げている間に、三人は装丁を作って設置の準備をするつもりなのだ。

「任せなさい」

 志那実桜も働き者だ。やる気満々で腕まくりをして染井吉野が運んできた資材に手を付ける。

 そして櫻媛たちの手によってこのサト初めての井戸は日が暮れる前に完成を見た。その間、すゑはがじっとその行程を見詰めていたのにちゃんと気付いた人物はいなかった。

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