1年目5月・苗木生成
これからの道行きも決まって恵美が、よし、とやる気をみなぎらせている。
それにそこはかとない不安を
「まずは! お姉さんたちを増やさないとね!」
「そうね。そうなんだけど……違う理由で張り切ってない?」
恵美にとってヤマガミに対抗する戦力は
イワナガは巻き込まれまいと溜め息をつくと同時にさり気なく恵美の視界から逃れてその代わりではないけれどコノハナサクヤは自分の出番に身を乗り出してくる。
「今の
「そうなの!?」
コノハナサクヤに言われて初めて自分のレベルが上がったと知った恵美は驚きの勢いのままにタブレットを操作する。
そこには確かに恵美のレベルが八になっていると示している。
「一昨日の戦闘でけっこうヤマの気を取り込めたんでしょうね。ま、順当よ」
蜜緋芽の台詞は素っ気ないけれど冷静な表情の口元はほんの少し上がっている。保護者を自認するだけあって恵美の成長は蜜緋芽にとって大きな喜びなのだ。
コノハナサクヤはほほ笑むだけでそんな蜜緋芽に指摘するような無粋はせずに恵美へと話を進めていく。
「一度に多く苗木を生成しても扱いきれないと思いますので今回は十本でどうでしょうか」
「はい! 女神さまにお任せします!」
恵美は人並外れた美女に話しかけてもらえるだけで嬉しくて堪らなくてイエスマンとなっている。マンじゃなくて性別は女だけどその下心は完全に男のそれなのでマンで間違ってないかもしれない。
コノハナサクヤは前と同じように
咲いた後の花びらよりも濃く色付いた花珠が淡く灯りながら独りでに枝から離れてコノハナサクヤへと降ってくる。今回は花珠が五十個も向かってくるのでまるで虹を雫にした雨のようにも見えた。
そしてその光は太陽よりも強まって苗木が生まれるその瞬間を眩く隠す。
今回生成された十本の内九本は多少の大小の違いはあっても目立った特徴はない。
その中で一つだけ五本の若木が寄り添って根元で一つになっているものがあって恵美はその目の前にしゃがんでまじまじと眺めてしまった。
「なんかレアそうなのがある」
「それは
「女神の口からレア度とかジャンクな言葉が出てくるってどうなの?」
蜜緋芽が思わずツッコんでいるけれどコノハナサクヤは以前からちょいちょい現代の若者のような砕けた表現を嗜んでいるので今更感がある。
恵美は、ほむほむ、と頷きを雑に返しながら他の苗木も確認する。
「あれ、さくらんぼの木がある」
恵美が目を止めたのは
近代に西洋実桜が入って来てからはその甘味の良さと寒冷の強さで目立たなくなっているけれどそれ以前には貴重なさくらんぼだった。
櫻媛はてっきり花桜ばかりだと思っていた恵美はちょっと驚きだった。
「もしかしてさくらんぼも採れる?」
「櫻媛の依り代もちゃんと実を付けますよ」
「おー」
こちらの世界、なんと言っても食べ物がひもじい。時折男性陣が狩りに成功すればお肉が食べられるけれど普段は干し肉を一欠けかじれるくらいで山菜がメイン食材だ。
いや、山菜も恵美はおいしくいただいているけれど、甘味というとまだ昨日蜜緋芽がくれた蜂蜜か、ぎりぎりで熱を出した時に分けてもらった若い経産婦の母乳だけだ。
それがさくらんぼ。しかも二本も苗木が生成された。
現代の飽食を当たり前と享受してきたのに突如異世界に飛ばされてすっかり甘味が遠のいた恵美にしたら期待は高まるばかりだ。
「よし! さくらんぼ!」
「あんたって三大欲求に忠実よね」
食い気で目を爛々と輝かせている恵美に蜜緋芽は呆れ果ててしまう。
それでも櫻媛を増やすのは必要なことなので動機はどうあれ止める理由はない。
「それと染井吉野の二本目が出たね。江戸彼岸もいきなり二本来てるし」
コノハナサクヤがしれっとレア度とか言っていた通り櫻媛の種類にも出やすさ出にくさがある。
「同じ種類の苗木を重ねると生長段階が解放されますよ」
「せいちょうだんかいがかいほう?」
鸚鵡返しに説明を求めてくる恵美にコノハナサクヤはにこにこと頷いて返す。
例えば野良だった三春瀧桜は出会った時には【巨木】という三段階目の生長した状態だった。
対して蜜緋芽、染井吉野、二条北宮造花は全て一段階目の【幼木】である。
その生長段階を進めるには同種の苗木を同化させた上で必要とする素材や霊力を与えなくてはいけない。
苗木一本に付き解放される生長段階は一つずつだ。一本同化させれば二段階目の【成木】まで、二本同化させればさらに【巨木】まで、三本同化させれば最終段階である【神木】まで生長させられる。
「じゃあ、ダブったお姉さんは同化させるのがよし? でもお姉さん減っちゃう?」
「あんたの色恋思考はどうでもいいけど、染井吉野は同じ土地に複数植樹できるし、実桜はそれこそ下手に本数減らすと収穫が減るんじゃない?」
染井吉野が同じ土地に複数の桜を植えた時の【土地補正】のペナルティを回避できるのは記憶に新しいし、さくらんぼが食べたいを今さっき欲望を丸だししたのは恵美自身だ。
それに実桜という食糧源はこのサトの人々の生活を豊かにするのに大きな貢献をしてくれるだろう。
のべつ幕なしに生長段階を解放すればいいわけでもなさそうだ。それに苗木同化するだけではなく素材や霊力を集めないといけないという手間もある。
「たしかに」
蜜緋芽の指摘を受けて恵美は神妙に納得する。神妙なのは表情だけで大して真剣に悩んでいるのではけっしてない。
「とりあえず毎日一本ずつ植えてこっか?」
「ま、あんたはそんくらい気楽な方がらしいわね」
無理に真面目がったっていいこともなくそもそもこの恵美が生真面目一辺倒になるなんて夢のまた夢でしかないのだから、蜜緋芽はいつも通りに考えなしでも行動していこうと明るく笑う恵美を見ながら呆れ半分で頬を緩めていた。
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