1年目5月・看病イベント(姫枝垂れ桜)

 南のヤマを探索した翌日、いつも以上におそく起き出してきた恵美は入り口でつまずきながらも春日向はるひなたに辺りを光景ひかりかぐ午前の日射しの中で伸びをした。

「んぁあ~う」

 猫のようにあくびまじりの声を気持ちよさそうに出すとぼんやりとした意識を草の香りが少し覚ましてくれる気がした。

 そんな恵美に朝の迎えに来ていた蜜緋芽みつひめが腕を組んで視線を巡らせる。

「あ、ミツヒメ、おはよ~」

 いつにも増してだらけて間延びした挨拶をする恵美に蜜緋芽は厳しい眼差しを向ける。

 しかし恵美の方はそんな蜜緋芽の冷たい態度は凛々しいと脳内変換して、にへら、と顔を崩す。

 蜜緋芽は、ずい、と恵美に顔を寄せる。

 蜜緋芽のキレイな顔がいつになく近くに迫ってきて恵美はぼんやりしていた顔を真っ赤にして悦ぶ。

「やだ、そんな、お姉さんに見つめられたら照れちゃう」

 両手で頬を抑える恵美の額を蜜緋芽の手のひらが、ぺちん、とたたく。

「ほら、熱があるじゃないの。今日は寝てなさい」

「へ?」

 まるで自分の体調をわかっていなかった恵美は間抜けた声で返事にもならない返答をする。

 そんな恵美に蜜緋芽は普段よりもさらに呆れた顔になる。そして恵美を竪穴住居に追い返すために、しっしっ、と手を払う。

「そんな、ちゃんと体動くよー」

「おばか。寝込んで動けなくなるのは手遅れってことでしょ。そうなる前に休めって言ってんの」

 あちらの世界では寝込むどころか熱の一つも出したことのない恵美は具合が悪くなっている事実を理解できていない。一かゼロかしかまだ経験したことがないから動ける程度に軽い体調不良というのを知らないのである。

 そんな物分かりの悪い恵美の肩を押さえて蜜緋芽は力づくで方向転換させて入口へと背中へと押す。

「エミが熱出してるから寝かせててちょうだい」

 今しがた出て行ったばかりの恵美が戻ってきたのを不思議そうに見上げるいろはに蜜緋芽が説明する。

 ちょうどそこで恵美が足を縺れさせて土の床に転がった。

「なにもないところで転んでしまった……」

「それが疲労による体調不良ってやつよ」

 当然のことに自分で目を白黒させている恵美に蜜緋芽は上から冷たい声を降らして黙らせる。

 いつもの調子で恵美に喋らせるといくらでも無駄に体力を使ってよくなるものもよくなってくれない。

「エミ、寝る」

 状況を把握するといろはすぐに恵美に寄って来てその頭を膝枕に乗せる。それからぽんぽんと緩やかなリズムで頭をたたいて眠りを誘ってくれる。

 みづはとすゑはも姉の仕草をじっと見詰めた後に真似をして手を出して来た。でもそちらはいろはの手の動きと全くズレていて眠りに落ちそうなところにドアをノックするように眠りを妨げる。

「じゃ、こっちはエミの分も働いてくるからよろしくね。手の空いてる櫻媛さくらひめに面倒見るように言っておくから」

 蜜緋芽は三人の小さな姉弟たちに恵美を託してさらっと出て行ってしまった。

 こうして横になっていると怠さが確かに体中にのしかかってきて恵美はいまさらながらに動きたくない起きた上がりたくないという気持ちを自覚する。

 そういえばその気持ちは寝起きにもあってそれで起き出すのが普段以上に遅くなったのだった。

 うとうととした意識の中で三人のぬくもりが此方こなったり彼方かなったりするのに時々気が付きながら曖昧に時間が過ぎていく。

 それで結局どのくらい時間が経ったのかよくわからなかったけれど蜜緋芽に恵美の世話を任されたといって姫枝垂れひめしだれざくらが楚々とした足運びで竪穴住居に入って来た。

「蜜緋芽様にお聞きしたよりも深刻そうでありますね?」

 姫枝垂れ桜は細くてまるでまぶたを閉じているようにしか見えない目でお腹の大きないろはの膝枕でまどろんでいる恵美の状況を確認すると静かに膝を折って横座りする。

「足が痺れますでしょう。代わりますよ」

 姫枝垂れ桜はいろはが返事をする前に恵美の頭を持ち上げて自分の太ももに移動させる。

 いろは以上に柔らかな感触に頭が乗ったことで恵美がかすかにまぶたを上げる。

「ここは天国……?」

「まだ現世を離れられては困りますよ」

 姫枝垂れ桜は熱に浮かされてばかなことを口走る恵美に全く気を悪くした様子もなく、くすくすと笑いをこぼす。

「私は皆様からお聞きするだけですが連日大層お働きになられたのでしょう? 休息をしっかりと取って必要な時に十全に力を発揮するように行動を計画するのも大切でございますよ」

 姫枝垂れ桜は優しく手のひらを恵美の頭に被せながら寝物語代わりに語りかける。

 その柔らかくて緩やかな声は恵美の胸をほっとさせる。

「ちょっと手が冷たい」

 髪から滑ってきて額に差し込まれた姫枝垂れ桜の手の温度に恵美は気持ち良さそうにこぼす。

「ふふ、では私は心が温かいのでしょうか?」

 あちらの世間で言われることで冗談めかす姫枝垂れ桜に恵美も思わず噴き出してしまった。

「お姫様なのに割とお茶目だったりします?」

「姫と呼ばれてますけど在野の小娘ですので」

 恵美の軽口にも姫枝垂れ桜は軽妙に返してくれる。

 どんな櫻媛なのか全く知らなかったからこうして自然と人となりがわかっていけるのはけっこう嬉しくなる。

 恵美は意識がぷつぷつと途切れそうになる中でもちょっとご機嫌に姫枝垂れ桜とのお喋りを楽しんでゆっくりと体を休められた。

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櫻媛PROJECT 奈月遥 @you-natskey

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