1年目5月・南のヤマ開拓3
岩石がより合わさって体を組み上げているサルのヤマノケが自分の体の一部をむしり取って恵美に向かって投げつけた。
恵美に直撃したら無事で済まないのは火を見るよりも明らかだ。
サルのヤマノケは群れで現れた。
多勢に無勢。時折大島桜の攻撃と牽制の隙をついて恵美に向けて石を投げてくるヤマノケがいる。
もちろん、そんなヤマノケには大島桜がすぐに一撃を加えて退散させて二撃目はけして許さない。
でもそうやって恵美にも気を配って複数の敵を相手にしているせいで大島桜も攻めきれない。ヤマノケに遭遇してからまだ一体も落せていない。
「ミツヒメも大島桜の方に行った方がいいんじゃない!?」
ジリ貧という言葉が頭で重石になっている恵美が苦しまぎれに叫ぶ。
ヤマノケが恵美も狙っている状況でそれが悪手なのは本人も分かっている。サルの姿をしているせいなのか今回のヤマノケは賢く恵美がこちらの弱点だと見抜いて執拗に狙ってくる。
蜜緋芽が大島桜と八匹の乱戦に入っていっても一匹を担当するのが関の山だ。
「まだ蜜緋芽は櫻守殿の元にいていい!」
それなりに距離がある場所でサルのヤマノケとやり合っているのに大島桜は恵美の声を聞き届けて返事してきた。
彼女にはしっかりと組み立てた戦略があるらしい。
けれど当たり前だが恵美は大島桜ほど戦慣れしているわけではないので同じ目線に立てないので何もしないことに不安を覚える。
「あいつら、自分の体を投げてきてるでしょ。そのうち投げる分がなくなるからおとなしく引っ込んでなさい」
そこを蜜緋芽が素早くフォローする。
言われて目を凝らしてみれば確かに体をむしり取っているから一部のヤマノケは体の輪郭が歪にへこんでいる。
中には大島桜の攻撃を食らった分も含めて片足がなくなっている個体もいる。
大島桜さえ息切れしなければいずれヤマノケは恵美に向けて攻撃ができなくなるだろう。
その時こそ蜜緋芽も恵美の防御を切り上げて大島桜と共に攻勢に出るチャンスだ。
問題はそれに至るまでにあとどれだけ耐えればいいのか、特に大島桜の【霊力】が保つのかということだ。
櫻媛は素の攻撃を繰り出すのにもわずかずつ霊力を消費する。今だって【祷】で【霊力】に余裕のある
大島桜や蜜緋芽が先を見据えていると言ってくれても恵美からじりじりとした焦燥感は拭えない。
でもこれ以上に何かできることを思い付かないというのも事実だ。
つまり恵美は手をこまねいて二人が命を削って戦うのを見ているしかできない。
「堪え性のない女ね。信頼しなさいよ!」
そわそわと落ち着きのない恵美を
ちまっこくて愛らしい中国娘がぷんぷんと怒る姿を見て恵美も大いに気をそらしてもらえた。爛々と輝く眼差しを志那実桜に向けて鼻血でも出しそうな勢いだ。
そんな恵美の態度に当然ながら志那実桜は身の危険を感じて半身になって自分の体をかき抱く。
「自分から話しかけるから目を付けられるんでありんすよ」
気を遣ったばかりに藪をつついて蛇を出してしまった志那実桜に
後衛の空気が緩んでいる間にも大島桜は忙しない戦闘を続けてついに敵の数を減らす。
そのまま勢い付きながらも焦りはせず冷静に手数を重ねて大島桜は狙い通りに戦を運んでいく。
「蜜緋芽、今だ! 攻め切るぞ!」
「はいはい、出し惜しみはなしね!」
大島桜からの合図に応えて蜜緋芽は『守護者』の特性を発動して【衛】の三つの実際値を引き上げて残り少ない敵の懐へと飛び込んだ。
蜜緋芽が二撃で一体、大島桜が二撃で三体を撃破して戦闘は終了する。
「ふぅ……今日はこれで帰還すべきだな」
自前の【霊力】だけであったらとっくに戦闘不能に陥っているような状況だと冷静に分析している大島桜はここでヤマの探索を打ち切るよう進言する。
それは恵美も他の櫻媛も強く同意している。
「山頂まで行けなかったね」
恵美はぼやくけれど山頂どころかまだ中腹にも指しかかっていない。ヤマの中を進むほどに目に見えてヤマノケの数も強さも上がっているがこのまま進めばさらにどんなヤマノケが現れるか不安でしょうがない。
「大変なところ申し訳ないけど、あの熊野郎がいるのこの山を越えたさらに向こうだからね」
「えっ」
しれっと蜜緋芽から道のりの長さを告げられて恵美は固まってしまった。
まだ一つの山も踏破できていないのにさらに向こうの山だと言われたらその困難は肥大化したストレスとしてのしかかってくる。
「道が通じれば移動時間は短縮出来ますから。櫻媛だけで道を作っていってもいいかもしれませんね」
そこにやんわりと
その優しさに感動した恵美は手を合わせて目を輝かせる。
「話はサトに戻ってからも出来よう」
二条北宮造花は恵美の安全を気にして早く帰り足につくように急かしてくる。
その厳しい声に背中を押されて一団は元来た道をそのまま下っていく。
南のヤマガミの化身である巨大な熊を討伐するよりも前にその元にたどり着くのがそもそも大きな困難だと改めて判明した一日だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます