1年目4月・植樹地点確認

 コノハナサクヤに桜の苗木を生成してもらったものの恵美はまだサトにある植樹ポイントを確認もしていないのですぐには持ち出せない。タブレットで植樹に推奨される地点は把握できるけれど実際に見ないと植樹までにどんな準備が必要か分からない。

 なので染井吉野と二条北宮造花の苗木は一旦イワナガに保管してもらう。イワナガは、よっこいしょ、と一本ずつ苗木を軽々と担いで自身の神体である大岩の罅割れた隙間の暗がりへと運んでいく。

「お婆ちゃん、一人でだいじょうぶ? 手伝おうか?」

「いらんわい。余計な気は回さなくていいんだよ」

 その身長と同じくらいに背丈のある苗木を運ぶイワナガの姿がなんとも頼りなく思えて恵美はそわそわと体を揺らしている。

 しかし女神であり岩を神体とするイワナガの膂力は老婆の見た目とは全く違う。戸惑う恵美を尻目に颯爽と動いて二本の苗木を仕舞い込んだ。

 終わった後もイワナガの体をあちこちから見て回って体が平気なのか確認している。

 自分の周りをうろちょろする恵美が目障りでイワナガは頭を引っ叩いて動きを止めさせた。

「お婆ちゃん、痛いよ……」

「うざったいんだよ」

「十秒も我慢してお優しい女神様ね」

 蜜緋芽みつひめは動き出すと同時に折檻しなかったイワナガの情状酌量に感心する体で恵美の奇行を罵倒しておく。

 叱られたことに不貞腐れて恵美は二人からそっぽを向いてタブレットをいじる。

 呼び出したのは『サトマップ』に出てきた植樹ポイントは四つあった。

 既に蜜緋芽桜が植えられているのは『サト要地』となっていて、他には『中心墓地』『田んぼ』『山境(西)』がある。

「お墓」

 その中でも一際異彩な地名が恵美の口から零れ落ちた。

「このサトは墓地を囲うようにして住居が作られていますからね」

「縄文時代の集落の典型的な形ってやつね」

「死体を埋める度に掘り返しておるから土がよう柔くなっておるぞ」

 コノハナサクヤ、蜜緋芽、イワナガと順番に墓があっておかしくないし桜を植えるのにもちょうどいいしと思えるような情報を投げかけてきた。

「桜の下には死体が埋まってるってわけ?」

 恵美は向こうの世界でよく話題にされる桜の都市伝説を思い浮かべながら頬を引きつらせる。

 それは昭和の小説が起点となった比較的新しい近代に生み出された桜の印象であるのだけど現代日本人の恵美からすれば昭和初期も江戸時代も大差ない遥か昔からの話だ。

 それに恵美は嫌そうにしているけれど現実の墓地だって桜などの花樹を植えて死者や弔問客を慰めて楽しませるようにと計らっているところが多い。

「それと田んぼもあるんだね」

「ありますが、恵美さんが思い浮かべているものとは全く別物と思いますよ」

 コノハナサクヤの指摘する通りに恵美は水田を思い浮かべているけれどこのサトの人々が行っているのは草むしりして露わになった土に種を撒くという陸稲栽培のそれもかなり原始的な手法だ。

「んー、でもお墓よりはいいかな。見に行ってみるよ」

 墓の周りの土を掘るというのに抵抗がある恵美にとっては田んぼの方がまだ桜を植えやすいと思えた。

 別に弔い桜を植えてほしいなんて思っている者はこの場にはいないので恵美のやりやすい方で同意する。

 いつも通り神体の側を離れられないコノハナサクヤとイワナガは見送りをして、恵美には少女の手を引いた蜜緋芽がついて行く。

 タブレットに表示されたマップを見ると桜が植樹できる田んぼは南側にあるらしい。日当たり優先なのかも、と恵美は思いながら草を踏み分け掻き分けて地図を頼りにそちらに向かう。

 どこまでも草ばっかりで目印もないので道に迷いそうだ。遠くでこちらを囲っている山の形の見え方で辛うじて歩みが進んでいる実感が生じている。

 そして二十分も歩かないうちに目的地にたどり着いて恵美は驚きで瞬きを繰り返した。

「いや、田んぼっていうか畑じゃん。まぁ、畑あるだけでもすごいけどさ」

 確かに水田を見慣れた恵美からするとそれはむしろ畑と言いたくなるような光景だった。

 畝が作られるわけでもなく、けれど耕された土のでこぼこがそのままになっていて、疎らに真っ直ぐな葉が伸びている。

 どこまでが踏み込んでいいものか恵美には分からなくて取りあえずは草と土の境界線の外に立って辺りを見回す。

 今日は作業がないのかそれとも終わったのか誰もいない。誰か人がいても話を聞くのは不可能だけれども。

 恵美はその場にしゃがんで足元の土の塊を一つ手に取って指で崩す。

「柔らかいっていうか、もろい。栄養が少なそう。何回も同じとこで稲植えてるのかな」

 試しに草を抜きながら土をほじくり返してみると、そちらは湿った黒い土が爪の合間に入り込んでくる。土曝つちざらしの乾いた方と違って草の根にくっ付いて来た土は、なんというか生き物のような独特の匂いがしっかりとした。

 恵美の横で蜜緋芽の手から逃れた少女が同じようにしゃがんて土を掘り返す。恵美の真似をしているのか草を引っこ抜いてぶらぶらと揺らして日射しに透かしているのが、なんともあどけなくて可愛い。

 そんな微笑ましい姿に恵美の頬も自然と緩む。

「田んぼのとこはなんか間違えると怖いし、周りのどっかを掘り返して整地した方がいいかな。スコップとか……ないよねぇ」

「ないでしょうね」

 穴を掘るのに文化的な道具を欲しく思った恵美だけど蜜緋芽に言われるまでもなくそんなものがあると思えなくて肩を落とす。

「木の板とかで掘ってるんじゃない? ほら、田んぼは耕しているみたいだし」

「あー、代わりになるものがあるかもってこと? 借りられるかな?」

 物はあっても意思疎通が難しいので勝手に持っていったとか思われて怒られないかと恵美は心配になる。

 なんと言ってもぎりぎり言葉を覚えているお姉ちゃんが相手だとしても疲れるくらいに聞き返して訊き直してしないと話が通じないのだもの。

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