1年目4月・住処獲得
妊婦で少女なお姉ちゃんとの会話を、妹ちゃんと弟くんと
ちなみにお姉ちゃんが言葉を喋れたのは、以前に
「つ、つかれた……お話するだけでこんなに疲れるなんて……」
何度も何度も言い直したり聞き直したりして、普段と比べて何十倍も時間と手間をかけた会話はがっつりと恵美の体力と気力を削り落としていた。
「彼女に出会った櫻媛は古い時代の桜だったのかもね」
「なんてこと……」
今、恵美は妹の方の少女に手を引かれて姉の方の少女の後について行っている。弟くんは来た時と同じくお姉ちゃんの腰にぴったりくっ付いている。
「この子達、言葉使わないでも連携完璧なんだけどどういうこと?」
「狼とかライオンだって言葉ないけど息ぴったりで狩りするでしょ」
「そう考えると人間より動物の方がすごく思えてくるよね」
恵美が野生動物の神秘に想いを馳せていると、遠目に見えていた竪穴住居の一つがもう目の前にあった。
お姉ちゃんと弟くんが地面に直接置かれたような形の茅葺屋根に開いた入り口にするりと入っていって、恵美も妹ちゃんに手を引かれて腰を屈めて後に続く。
「お邪魔しまぁす」
恵美は何となく声を潜めて挨拶して中に入る。
中は踏み固められた土が丸出しになっていて何枚かの毛皮が転がっているのが敷物代わりだ。入り口から入って来る日射ししか光源がないので当たり前のように薄暗い。
その中で赤ちゃんを抱いた女性がお乳を与えていた。こちらは恵美より少し年上に見える若い女性で、恵美の感覚からしても子供がいて自然な年頃だった。
彼女は子供達に連れてこられた恵美をじっと見詰めて来る。
視線が痛くて居たたまれない恵美を尻目にして少女達三人は地べたに座って寛ぎ出した。
妹ちゃんが恵美のスカートをくいくいと引いて座るように促してくる。
「あ、うん、ありがと」
恵美がぺたんとお尻を冷たくて少し湿気った土に着けると、蜜緋芽も背中合わせに腰を降ろした。
「取りあえず、生活基盤はどうにかなったわね」
「まさかの共同生活ですが。言葉通じないから挨拶も出来ないのですが」
「追い出されないだけマシと思いなさい」
あちらの世界で恵美が住んでいた家屋とは比べるべくもないけれど、こちらの世界ではこんな竪穴住居を作るのだって大きな苦労を伴うだろう。
「ねぇ、あの人はみんなのお母さん?」
恵美は黙って居座っているのも据わりが悪くて、相変わらず弟くんにくっ付かれたままのお姉ちゃんに話しかける。
けれどお姉ちゃんは一回は必ず恵美の問いかけにきょときょとと瞬きをして不理解を伝えてくるのだ。
「えっと、だから……あの人、親?」
恵美はちょっとためらいつつも赤ちゃんにおっぱいを含ませている女性を指差して、なるべく単語が少なくなるようにして訊き直した。
「いな、親」
少女の言う『いな』が『否』であるのは何回も聞いている内に恵美も理解していた。
親ではないし、年齢からいってみんなの姉でもないだろう。血縁ではなくても一緒に暮らしているのだろうかと恵美は思いを巡らす。
「ざっと見て住居は七つしかなかったし、このサトに何人暮らしているのか知らないけど、いろんな相手と一緒に住んでいるのでしょうね」
蜜緋芽がそんな推測で恵美の疑問に答える。
「ストレスやばそう」
「喋らないからいいんじゃない」
言葉を話し出すと途端に子供は可愛さがなくなるとは、子育て経験のある親御さんがよく言う台詞だ。
「あなたのお母さんは出かけてるの?」
親の所在を訊ねた恵美の質問はやっぱり最初はきょときょと瞬きをされる。
ちっちゃい方の少女はすっかり気を許したようで恵美の膝に頭を乗せて欠伸している。
恵美は膝枕の上に乗せられた小さな頭を撫でつつ、質問を繰り返す。
「あーと、そう、あなたの親、どこ?」
「あが親や?」
お、これは通じたっぽい、と恵美はこくこくと頷いて甘えん坊な弟くんに密着されてるお姉ちゃんに見せる。言葉よりも仕草の方が伝わりやすいのはこれまでの経験則だ。
「親、死ぬ、つ」
「え、死……え?」
少女が平然と死ぬなんていうから恵美は直ぐには意味が分からなくて思考が硬直する。
「いつ……?」
「むの朝のまえ」
むってなんだろう、と恵美は蜜緋芽に助けを求めて振り返る。
蜜緋芽はしばしつんつんと萱の一本一本が見える屋根の裏側を見上げて考えを巡らした。
「む、っていうのは六つってことじゃない? 六つの朝の前だから六日前とか?」
「つい最近じゃん!」
恵美の声が大き過ぎて、膝の上で眠たそうにしていた少女も、お姉ちゃんにくっ付いていた少年も、それからお乳を飲み終えてお母さんに背中を叩かれてげっぷをしたところだった赤ちゃんも、一斉にびくっと反応して、次の瞬間には大きな泣き声を狭い家の中で反響させる。
お姉ちゃんと赤ちゃんの母親が、なんてことをしてくれたんだとばかりにジト目で笑みを睨む。
「え、あ、いや、ご、ごめんなさい……」
わんわんとお互いの泣き声に連鎖してまた泣き声を激しくする三人の子供達の悪循環に恵美の情けない謝罪なんて簡単にかき消されてしまっている。
お姉ちゃんと、赤ちゃんの母親と、恵美とで一人に一人ずつ子供を抱き上げてあやすしかなかった。
その中で一番泣き止ますのに手間取ったのは当然子育て経験なんて皆無な恵美で、真っ先に我が子を寝かしつけた年若いお母さんが見るに見かねて恵美の手助けをしてくれた。
やっとやっと少女が腕の中で眠ってくれて、恵美はどっと疲れた息を吐き出して土の床にへたり込む。
「何余計な手間増やしてるのよ、あんたは」
「ミツヒメも手伝ってくれて良かったんじゃない……一人だけ素知らぬ顔してくれちゃってさ」
「いやこっちはなんの責任もないし、頼まれもしなかったし」
蜜緋芽はいけしゃあしゃあと言いつつ、手のひらの上に花びらを出現させてくるくると小さな桜吹雪にしてみせる。
「そっ……!」
また大声を出しそうになった恵美は、二人分の鋭い視線を感じて咄嗟に喉の奥に押し込んだ。
そろりと視線に振り返れば、弟くんに膝枕するお姉ちゃんと赤ちゃんを胸に抱くお母さんが揃って剣呑な眼差しで恵美を監視している。また子供達を泣かせでもしたら本気で追い出されそうな気配だ。
恵美は声を潜めて蜜緋芽に苦情を向けた。
「そんなの出来るなら子供大喜びじゃん。さっきやってよ」
「だから、頼まれなかったし」
冷たくあしらってくる蜜緋芽に、恵美は教えてくれてなかったじゃん、と無言で頬を膨らませて抗議する。
でも言葉にしないことは全く取り合ってもらえず、恵美の不満は顔色一つ変えることも出来ずに黙殺された。
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