1年目4月・蜜緋芽特性獲得
恵美がやる気を入れたところで
「じゃ、こっちはこの子達に巣作りさせてくるから」
「あ、待って。わたしも行くよ」
さっさと足を踏み出してしまう蜜緋芽の後を恵美が慌てて追いかける。
そんな恵美を蜜緋芽は流し目で振り返った。
「別について来なくてもいいのに」
「養蜂家のはしくれとして見届ける責務を感じてます」
「その割に腰が引けてるんですけど」
蜜緋芽の周りに飛び交う蜜蜂の群れを警戒して距離を保っている恵美を蜜緋芽は鼻で笑う。
「人馴れしてない野生の蜂なんだから気安く接しられないでしょ! 自分ん家で育てた蜂じゃないんだよ!」
「大声出す方が危なくない?」
蜜蜂が声の大きさに反応しているのかは定かではないけれど、恵美の声に反応して心なしか蜜蜂達が羽音を強めたような気もする。
びくびくと肩を竦める恵美の態度をおもしろがって蜜緋芽はついいつもの仕返しも含めて脅してしまう。
恵美をからかって遊んでいるお陰で時間も疲れも感じずに蜜緋芽の依り代、今も満開の白い花の隙間に紅い新芽を魅せている桜の木まで到着する。
「きれい」
恵美がまるで生まれて初めて出会ったみたいにうっとりと蜜緋芽桜を眺める。
蜜緋芽はそんな恵美の楽しみを邪魔しないように静かに蜜蜂を離して近場の森の木を自由に選ばせる。
女王蜂に連れられた三つの群れがそれぞれに居場所を決めて一塊ずつになって落ち着いた頃、恵美の持っているタブレットが、ピコン、と通知音を鳴らした。
「あれ、なんだろ?」
タブレットをオンにすると
「お姉さん、なんか新しい特性を獲得しちゃってるようですよ?」
「そうなの?」
当の本人は特に実感がなくて澄まし顔をしている。どこかのファンタジーゲームのスキルと違って突然発生するものではなくて、櫻媛の才能や技術が認定されるものである。新しく獲得する特性も技術の習熟などが反映されるので本人としては獲得した瞬間が認識できるようなものではない。
恵美はタブレットの画面に指を滑らせて詳細を確認する。
「ええと、『共存〔蜜蜂〕』っていう特性だって。蜜蜂の群数が多いほど【
「ああ、なるほどね。蜜蜂を周りに放したからこっちのものになった、ってことね」
蜜緋芽桜は蜜量が多い木で櫻媛の依り代となり恵美へ贈られる女神の加護のお零れをもらっている今はずっと花を咲かせられてる。それであれば蜜蜂との共存が特性として表れるのも納得だった。
「あ! 見て見て! わたしもレベルが3になってる! 上がってる! 0じゃなくなった!」
恵美はタブレットをいじっている間に自分のレベルを見つけてはしゃぎ出す。まだ自分のレベルというのがどういう意味を持っているのかよくわかっていないくせに低いよりは高い方がいいと子供のように
「はいはい、おめでとう」
「むー。3レベルだよ、3レベル。えっと……ヤマで三時間も活動できるって書いてある!」
「行って帰ってくる時間もそこに入ってるんだからね?」
「え……帰って来れなかったらどうなるの?」
「倒れるんじゃない」
「たお、れ……え」
活動時間を越えたら倒れると聞いて恵美はおもしろいくらいに顔を青褪める。こんな自然のままのヤマ、しかも野生動物どころかヤマノケという恐ろしい怪物も闊歩している中で倒れたらそのまま食べられてしまうとしか思えない。
「失神ね」
蜜緋芽は恵美のために優しく言い直してあげた。脅しているのはその通りだけど脅してでも安全な行動を取らせないと実際に恵美の身に危険が迫るからだ。
「しっしん……」
恵美はその言葉にそれこそ失神してしまいそうなほどに気が遠くなってしまう。
帰り道のことを考えると全体で三時間でもヤマの中にいられる時間はそう多くないように感じた。それなのにただ山歩きをするだけではなくて櫻媛を育てるための素材を探したりヤマの気を鎮めたりしないといけないのだ。時間がどれだけあればいいのか、今の恵美には推測する基準がない。
「まだ3レベル……」
そう思うと三時間しか活動時間がないのは不安に溢れてきた。レベルが大事なのはいろんなゲームで学んできた基礎教養だ。
「ああ、もう、もし倒れても担いでサトまで運んであげるわよ」
蜜緋芽が仕方なしにそんな慰めを口にすると途端に恵美は、ぱぁっ、と顔を輝かせた。
「ミツヒメ! 愛してくれてるってわかってた!」
感激そのままに恵美は蜜緋芽の細くすらっとした体に飛び付いた。
当然蜜緋芽は虫にでもまとわりつかれたかのような嫌そうな表情をありありと浮かべる。
「愛してない。ただの保護者責任」
「もう、一生わたしの面倒みてくれるだなんて、そんな、嬉しいっ」
このアマ、全然話聞きやしない、ぶん殴ってやろうか、と蜜緋芽の機嫌は急降下していく。
そんなこんなしている二人の近くで茂みががさりと鳴って蜜緋芽は恵美を無理矢理に引き剥がした。
二人が揃ってがさがさと鳴る茂みを眺めていたら次々と泥と汗にまみれた男達が姿を現す。ヤマに狩りに入っていたサトの男性陣だ。
文字通り草分け役として先頭突っ切って茂みの入り組んだ枝を圧し折ってきた筋肉がはっきりと形を見せる青年は恵美と蜜緋芽を見るなり感激の声を上げて地面にひざまずいて地面に頭を擦り付けた。後に続く他の男性陣もみんな揃って二人の前で膝を付いて拝礼を始める。
「これ、毎日やられるのかな……」
「まぁ、この人達にとっては櫻媛はまさに女神でしょうからね」
女性陣より遥かに畏敬の念が先走った彼らの態度に恵美は辟易としている。全然動じていない蜜緋芽の肝の据わりっぷりが羨ましい。
「言葉も通じないからこんなことしなくていいって言ってもわかってもらえないし……」
「太古の女王とか巫女姫とかこうやって祭り上げられたんでしょうね」
「あー……見て、ミツヒメ。雉だよ、今日はお肉が食べれるよ」
恵美はどうしようもない現実から早々に逃避を決断した。
「雉は美味しいから良かったじゃない」
蜜緋芽もせめてもの情けとしてその現実逃避に付き合って男性陣の拝礼が終わるまで気を紛らわさせてあげるのだった。
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