第22話
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ようやく私とサリィが落ち着いたときには、もう陽が落ちる寸前だった。
窓の外では王都の街並みが夕陽に照らされ、白石造りの家々が真っ赤に染まっていく。炎のようなこの街並みこそが、火竜を守護竜に掲げる王国の都にふさわしい光景だ。
私はサリィと少しずつ会話を交わしながらも、ゆっくりと懐かしき風景を目に焼きつける。
話題はもっぱら、お互いの二年間についてだ。
決して長い付き合いではなかったはずだけれども、会えなかった期間を取り戻すように言葉は途切れなかった。
「へー……。危ういところを龍神様に拾われて、そこから先は空で修行かぁ。あたしには想像もつかないなぁ」
「う、嘘じゃないのよ? 突拍子もない話だけれど」
「わかってるよ。実際に龍神様がそこにいるんだもん。魔導師っていうのも含めて、信じるよ」
サリィがティーカップを口元に運びながら、おそるおそるナルカミを見る。
ナルカミは我関せずといった様子で、手乗りサイズのまま静かに紅茶を啜っていた。
ナルカミがサリィに姿を現したのは、私が泣き止んですぐのときだ。私とサリィが会話を再開しようとすると、自分を紹介しろとうるさくなったのだ。
正直、守護竜すら越えた伝説の龍の存在をそんなに簡単に知らせていいのかと迷った。だが他でもないナルカミが問題ないと宣ったから多分大丈夫だろう。
『竜すら御せぬ者たちがいくら喚こうとも、我に届くことは叶わんよ。アリアの友ともなれば、余計な話を吹聴するようなこともなかろう。であれば、知っておいた方が話が早い』
まぁ、ナルカミが良いのであれば私に否はない。王都追放から話をするのあたって、宙に現れたナルカミをサリィに紹介したのだった。
初めは突然視界に現れた龍——ナルカミに唖然としたサリィだった。しかし、彼女はいい意味で大変適当な性格だ。あっさりナルカミにも馴染むと、使用人に追加のお茶を要求していた。
我が友ながらつくづく大物である。
「それにしても、魔法を使わない魔導師かー。そんなものが昔の世界にはあったんだね。世の中はまだまた知らないことばかりだよ」
「そうね、私もナルカミに教わって初めて知った技術よ。と言っても、あくまで呪文による型に縛られないのが特徴だから、魔力があれば魔導師になれる人はおそらくいるわ。魔法使いの中にも魔導師の素質がある人がいくらかいるんじゃないかしら」
「あたしは無理だよー。イメージを元にゼロから魔力を発現させるなんて、高度すぎて頭が痛くなっちゃう」
からからと笑うサリィに、私もつられて笑みを浮かべる。久方ぶりの穏やかな時間が過ぎていった。
違和感を感じたのは、その後だった。二人で談笑を続けていると、窓の外に異様な光景が広がっていたのだ。
「な、何が起きてるの……? 空が白く……これは雪……?」
私は会話を中座して、ボロス家の屋敷のベランダに向かう。サリィも何かを言いたげに私の後ろに続いた。
先ほどまでは、夕陽に赤く燃えていた空。そこから夜に差しかかった王都の上空が、真冬の寒空のように真っ白に染まっていた。
今は暦では夏にあたる。当然、雪が降るような季節でも気温でもなかった。
「どういうこと……? サリィ、何か知ってるの?」
遅れてベランダに出てきたサリィに問い正す。明らかに何かを知っている気配を醸し出していた。
サリィは言いづらそうに眉をしかめる。
「アリアはさ、あたしに会いに来ただけで、近い内にお空に戻るんでしょ? だったら知らなくても良くないかな」
「そうだけれど……。王都には貴女がいるのよ。こんな異常事態を放っておけないわ」
「お人好しなのはアリアの良いところだけど、これは王国貴族の問題だよ。不当に追放された貴女に助けてもらうなんて、流石に虫が良すぎるよ」
「私はそんなこと気にしてないわ。それよりも、貴女に危険が迫るのを黙って見過ごせない」
「うーん、あたしに危険が迫ってるわけじゃないんだけど……。わかったよ」
心の底から仕方なさそうにサリィが言うと、ベランダの中央まで歩を進める。そして、空に向かって掌を掲げた。
何をしているのか——疑問はすぐに解消された。サリィの掌に、灰色の粉のようなものが溜まっていた。
そのまま黙ってサリィが私に手を差し出す。粉をよく見れば、それは——
「……灰? なんで空から灰が……?」
雪ではなく灰。
それが夜空を白く塗り潰している正体だった。
私は未知の現象に思考が止まらない。隣でナルカミも何事かを考え込んでいた。
「これね、アホ王子が謁見で守護竜様の加護を貰えなかったときからの現象なのよ。立太子に失敗してから定期的に王都周辺に灰が振り続けてるんだ。これが原因で、日中の日差しが弱くて作物が育たない弊害も出てるんだよ」
「立太子に失敗してから……? まさか二年間も灰が振り続けてると言うの? 王家の受け継ぐ竜の加護とは、天候に影響するほど重要なものだったと?」
私はてっきり、守護竜の加護は大地の豊穣を守るためだけのものだと思っていた。
原作『竜の国の物語』でも、加護についてはそれ以上詳しく記載されていなかったはずだ。
不作が続いているということで、大地に影響があるのではないかと疑っていたが——まさか加護が得られないだけで、気候にまで異常事態が発生するとは考えてもいなかったのだ。
私の問いに、サリィは首を横に振る。
「わからない。でも、王都の平民は謁見の際に王家が守護竜様の怒りを買ったんじゃないか、って噂をしてる。王子は噂を揉み消そうとしてるけど、上手くいってないみたい」
「守護竜の怒り……。ナルカミはどう思う?」
『わからん。しかし、火竜の加護とはまた別の現象に見えるな。むしろ噂のように、火竜が怒りに任せて権能を振るっているように感じる。灰とは炎に付随するものだからな』
「龍神様から見てもそうなんだ。なら、やっぱり噂のように守護竜様が怒っているのかもしれないね。何が理由なのかさっぱりだけど……」
サリィが困ったように片眉を下げる。
異常は起きていても、具体的な原因がわからない。
地方都市でも感じた疑問は、王都で暮らしているサリィでも不明瞭な部分のようだ。
先ほど聞いた話では、既に私とナルカミも予想した通り、王国全域に飢饉の恐れが徐々に蔓延してきているらしい。
二年間も陽の光が遮られれば、さもありなん。農耕とは一定以上の気温と太陽光が欠かせないものだ。
私とナルカミが考えていたよりも、王国の状況はかなり悪かった。
『我が疑問に思うのは、守護竜と呼ばれる存在が王国を危機に陥れようとしている点だ。アリア、サリィ、お前たちは何か引っかかる部分はないか』
「そう言われてもね……。私は守護竜様にお会いしたことはないもの」
「あたしもだよー。アホ王子のことだから、よっぽど守護竜様を怒らせちゃったのかな、としか。このままだと本格的な飢饉が待ち構えてる。あたしたちも何とかしたいんだけど、きっかけがないんだ」
ナルカミはどこか納得がいっていなさそうだったが、明確に言葉にできないようだった。
私たちは腕を組んで、並んで空を見上げる。こうしている間にも灰は降り続けて、私たちの衣服を白く汚しつつあった。
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