第16話

▪️▪️▪️

 思い立ったが吉日とは良く言ったものだ。

 私とナルカミはあの後、適当に荷物をまとめて準備すると、早々と地上に降り立った。

 元より着のみ着で空中庭園を訪れた私だ。二年の間で生活するための品は増えたといえ、決して多くない。

 ナルカミに至っては準備自体が必要ない。太古より生きる龍は、存在そのものが個として完結している。


 しかし、急に王都付近に降り立つわけにもいかなかった。仮にも私は追放された身だし、ナルカミは上空に現れようものなら王都全域が大混乱になること間違いない。そのため、私が野盗に襲われた国境近くからゆっくりと歩むことになった。

 幸い、私も魔導師として多少の自衛はできるようになっている。ナルカミと合わせて、私を害せるような生物に出会う可能性は皆無だった。


「流石に二年も経つと襲われた形跡なんて残ってないわねえ」

『当たり前だ。以前話した魔法使いが片付けていたのもあるが、放置したとしても野生の獣に処理されるだけだ。二年という時間は短くはないぞ、アリア』

「それを千年以上生きる雷龍さまに言われるのは、なんだか納得いかないわね」


 ちなみにナルカミは庭園にいたときよりも更に体を小さくしており、ほとんど手乗りサイズになっている。可愛い。

 契約者の私以外には視認もできないらしく、なんとも便利なものだと感心してしまった。


 私たちは軽口を叩き合いながら、一番近い地方都市を目指す。

 たまに襲ってくる野生生物をけちらしながら歩む旅は、意外と悪くなかった。

 ただ、呑気に歩を進められた時間は長くなかった。

 たどり着いた地方都市の有様が、私とナルカミの眉をひそめさせることになるからだ。


「ちょっと、どういうことなの……」

 私の口から自然と言葉が漏れる。顔の横に浮かぶナルカミも厳しい目つきで街並みを観察していた。


 ここは、私が国境修道院に護送される際に最後に訪れた地方都市だ。

 規模は大きくなくとも国境と繋がる重要な位置づけであり、関所も近い。交通の要所とも言える場所だ。

 私は罪人扱いだったために街中を歩いたりはできなかったけれども、たくさんの人が道を行き来していたのをはっきりと覚えている。


 だというのに。

 この光景はなんなんだろう。


 昼間だというのに、広場には人っ子一人いなかった。

 行商や露店の溢れていた街だったはずなのに見る影もなくなっている。

 ときおり子供が通り過ぎるが、明らかに閑散としていた。


 まるで日本の廃れたゴーストタウンのようだ。


『ここは地理的に見ても交易が盛んな都市だったはずだ。たった二年で一体何があったというのだ』

「……わからないわ。でもいつまでもここで呆けて突っ立っているわけにもいかないわ。とりあえず、今日の宿を探しましょう」

『そうだな。庭園にあった通貨は使えるな?』

「ええ、ちょっと古いものだけど王国でしっかり使える物で間違いないわ」


▪️▪️▪️

「どうにも王都がきな臭くなっちまってるらしくてねえ」

 街に点在する宿のひとつ。

 その一階に設置された食事処で、私は料理に舌鼓を打ちながら女将さんの話を聞いていた。


 ソーセージと野菜の煮込みに黒パン。宿としてはありふれた内容のものだ。

 久しぶりに自分以外の手で作られた料理は、素朴な味で懐かしさを感じる。調味料が少ないこの世界ではなかなかの美味だった。


「その煮込みも、本当はもっと野菜やら穀物やらがたくさん入ってたのさ。でも不作続きなのと王都からの流通が激減してるせいで、あたしらの宿でもこれが精一杯になっちまったんだよ。すまないねえ」

「いえ、とても美味しいです。なんだか故郷に帰ってきたのだと実感します」

「ありがとうよ。限られた物でなるべく美味いモンを出そうと四苦八苦してるウチの旦那も喜ぶさ」

 女将さんが親指で背後を指す。指の先には厨房から顔を覗かせた男性がぺこりと頭を下げていた。


「しかし、王都がきな臭い、ですか。一体何があったんです?」

 私が問いかけると、女将さんはため息を吐きながら頭をかく。

「あんた、国外にいたみたいだけど二年前のことは知ってるかい?」

「二年前? もしやアルバート王子殿下の婚約解消についてですか?」

「ああ、それさ。元々の婚約者がとんでもない悪女だったらしくてね。その女を追放して、愛していた男爵令嬢と大恋愛の末婚約したんだけどねえ」

「……ええ、それについては良く存じております」

 流石にその悪女とやらが私です、とは言えずに曖昧に頷いた。

「そうかい。あたしらも素晴らしいロマンスだってそれは歓迎したさ。王さまは亡くなっちまったけど、良い方が国を治めてくれるんだ、ってね。でも、うまくいったのはそこまでだったんだ」

「何か問題が起きたのですか?」

「ああ、なんでも儀式の際に守護竜さまに王太子として認められなかったらしいんだ」

「守護竜に……認められなかった?」

「そうさ。だから王子さまは国王さまになれなかったんだ。それに加えて、タイミングの悪いことに大地の恵みが少なくて、王国全体が不作になっちまったのさ。もうどこもかしこもてんやわんやで、商人もロクに動けなくなっちまった。その結果がこの街並みなのさ」

「立太子できずに王位が空位になっている……。その上で不作、まさか飢饉になりかけている……?」


 私は思わず横に浮かぶナルカミに視線をやる。女将さんからナルカミは見えないため、かなり不審な挙動になりそうだが構っていられない。

 ナルカミも黄金色の眼を細めて、何かを深く考え込んでいた。


 私は女将さんと旦那さんに礼を告げると、あてがわれた部屋へと引っ込む。

 慌ただしく見られたかもしれないが、一刻も早くナルカミとの擦り合わせが必要だった。


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