第20話

▪️幕間二

 何もかもをぶっ壊してやりたい。

 そんな想いを抱きながら、ジークはこれまで生き続けてきた。


「貴様、どういうことか理解しているのか! なぜあの女が生きている!? 死んだと報告を上げたのは貴様だぞ!」


 ああ、うるさい。

 この男はいつもいつも、どうして感情的にしか振る舞えないんだろう。


「聞いているのか、ジーク! 貴様、これまで適当な仕事をしていたのではないだろうな! 貴様を拾ってやった王家への恩を忘れたのか!」


 ああ、うるさい。

 王家への恩だと? そんなものがジークにあるはずもない。


「アルバート様、落ち着いてください。そんなことではこの者もお答えできないですし、まずは正確なお話を聞きましょう?」


 ああ、うるさい。

 王子の隣に立つ女が、ジークを見かけ上は庇うような言動を見せる。

 それが己を良く見せるための偽善によるもので、心の底では蔑まれているのをジークは知っている。


 ああ、この世界はなんてくだらなくて理不尽で、どうしようもないんだろう。

 クソ食らえだ。

 何もかもをぶっ壊してやりたい。


 ジークの胸にある救いは、古い古い思い出だけだ。

 王都のスラムで母と一緒に、毎日をか細くも笑顔で過ごしていた。

 そんな日々も、ジークが類稀なる魔法の才能を発揮すると、あっという間に壊れてしまった。


 今はたったひとつの光を胸に、毎日を発狂する寸前まで怨嗟にまみれて生きている。


 目の前の男の怒りの発端は、二年前だ。

 目の前に立つ、今や唯一の王族であるアルバート王子——怒りの当人であるクソ野郎が王国を混乱の渦に陥れた。

 当時病に倒れた国王の状態を悪用し、未熟なまま国王代理として立つ宣言を行ったのだ。その権力を濫用して婚約破棄や追放、貴族家の降爵、新たな婚約などとやりたい放題に暴れまくった。

 そしてこの男は、肝心の守護竜の加護を得られかった。現在はこうして王位を継げず、周囲に当たり散らしながら国を傾かせ続けている。


 二年前、ジークが王宮魔法使いとして請け負ったのは、とある令嬢の情報操作と最後の確認、そして彼女が生き延びた場合の殺害指令——俗に言う暗殺だ。

 王宮魔法使いといっても、ジークのようなスラム街の平民は王宮魔法使い相応の扱いなどされない。誰も手につけない薄汚れた仕事を強制され、それでも逆らうことは許されなかった。


「二年前、野盗襲撃の現場では横転した馬車と多数の遺体……それも男女すら見分けがつかないような状態だったんですよね? それであればジークが勘違いしたとしてもおかしくないんじゃないでしょうか、アルバート様」

「ふ、ミライラは優しいな。このような者にも慈悲を与えるとは。だが職務を全うできなかったのであれば罰は必要だ」

「それは可哀想だわ。なんとかしてあけられないの、アルバート様」

「信賞必罰は王国の在り方として重要だ。しかしミライラの言う通り、あまりに罰が重ければ罪を償う機会もなくなってしまうな。考えておこう」


 過去の資料と今朝届いた報告資料を眺めながら、アルバート王子とミライラは話し合う。

 そこにジークが挟める口はない。

 汚れた平民の言葉など、王子も女も聞くつもりはない。


「しかし二年もの間、何の音沙汰もなければ確かに死んだものだと思ったが……今更現れて何を企んでいるのか。どうせ良からぬことに決まっているだろうが」

「あの方はどこで発見されたのですか?」

「あの女が死ぬ前に最後に立ち寄った地方都市だ。そこの門番が奴の顔を覚えていてな。わざわざ早馬で伝令を送ってきた」

「確かな筋からの通報というわけですね……。あの方の瞳は気味が悪くて目立ちますから、その門番も記憶していたのでしょう。それにしても王都に向かってくるなんて……。また、私に何かしてくるつもりなんでしょうか」

「そんなことは俺がさせない。既に国王代理の名の下に王都には触れを出しているし、奴の実家であるロッゾ侯爵家にも捜索するように指示している。近い内にみっともなく捕縛された状態で、再び俺たちの前で膝をつくことになるさ」

「嬉しい。どうか私を守ってください、アルバート様」


 二人が抱き合う姿を、ジークは頭を伏せて待つ。床に向けられた赤い目は冷ややかだった。

 一見美しい光景のようだが、彼らの性根が腐りきっているのをジークは知っている。だから、王子に見えない背中越しに、ミライラが醜く唇を吊り上げていても全く驚かなかった。


「アルバート様、ふと良いことを思いつきました」

「なんだ、ミライラ。俺にできることであれば、なんでも言ってくれ」

 甘い声で王子が囁く。

 それを耳元で聞いた女が、歪みきった笑顔でつぶやくように言った。

「彼女——アリア・ロッゾを守護竜さまへの生贄に差し上げてはどうですか? 彼女、魔力だけは高かったでしょう?」

「……おお! それは良い提案だな。確かにあの女の使い道としては極上だろう。罪人の分際で王家の役に立てることを、咽び泣いて喜ぶに違いない」


 歪んだ口から悍ましい提案を平然とする女も、それを喜んで受け入れる男も、ジークにとっては醜悪に映る。人を人とも思わぬ所業に、込み上げてくる耐え難い吐き気を必死にこらえる。


「守護竜さまは、どのような手段であっても魔力を一定量捧げれば加護を授けてくれるというお話でしたよね?」

「ああ、そうだ。その意味ではあの女が現れたのはむしろ天啓だったか。ただちに捕縛命令を出しておこう」

「これでようやく私たちの婚約も認められて、アルバート様が正式に王位を継ぐことになるんですね。……嬉しい」

「ありがとう、ミライラ。君の提案で目処が立ちそうだ」


 王子が醜い笑顔でより強く女を抱きしめる。

 二人の顔は、ジークから見て瓜二つだった。


「それにしても、火竜があそこまで狭量だったとはな。魔力が足りなければ加護を授けないとは」

「確かに守護竜なんて呼ばれてるわりには、心が狭いですよね。でも、それも彼女を捕らえれば解決です。明るい未来のために頑張りましょう?」

「ああ、そうだな。ミライラはいつも俺の希望の光だ。……ジーク、聞いていたな? ロッゾ侯爵家と共にアリア・ロッゾを捕らえて連れてこい。全てにおいて最優先事項だ。五体満足でなくとも構わん、生きてさえいれば良い」


 ジークは胸を掻きむしりたくなる。

 これさえなければ、こんな外道どもに良いように扱われはしないのに。


「……御意。アリア・ロッゾを連れて参ります」

「はやくしろ。ゴミ溜めから貴様のような女を連れ出してやった王家の恩に報いよ」


 絞り出すように命令を受領したジークは黙って一礼すると、執務室を辞す。

 廊下を進み、王城を離れて、そこまで歩いてやっと吐き気が治まってきていた。

 それでも胸に湧き上がる憎しみと怒りが、どうしようもなく言葉を溢させる。

 ジークはどこまでも雁字搦めだった。


「こんな世界、何もかもぶっ壊してしまいたい」

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